悪役令嬢と第二王子殿下
「本当に使えないよね、あの女。せっかく役に立つかと思って脱獄させてあげたのに、期待外れだったなぁ。次の手駒、探さなくちゃ」
ジェレミー様は銀色のふわふわとしたその髪の毛をかきあげながら、そんなことをおっしゃる。そして、そのおっとりとして見える形の赤色の瞳を細めて私を見つめてこられた。その際に、ウィリアム様が私の身体を抱き寄せられたのは、きっと気のせいではない。
「……ジェレミー」
「あぁ、兄上、どうも。兄上にはずっと前から裏に俺がいるって気が付かれていたみたいなんだよね」
「まぁな。アナスタシアが毒に倒れたと聞いた時に、お前と鉢合わせた。その時に、お前が何か良からぬ企みをしていると分かった」
「そっか」
ウィリアム様のお言葉にも、ジェレミー様は素っ気なく返すだけだった。ただ、その後静かな声音で「使えないごみは処理しなくちゃね」なんておっしゃるだけ。しかも、その瞳は楽しそうに歪められている。その声、その態度。すべてが、孤児院で倒れた際に見たときの夢で会った黒幕と、一緒。やはり、ジェレミー様が黒幕で間違いないのだろう。
ジェレミー様は、ご両親の血を色濃く受け継ぎ穏やかな態度が印象的な好青年だった。ふんわりと笑われて、楽しそうにアナスタシアに教えを乞う。だからだろう、アナスタシアは彼にとても気を許していた。たとえ、ウィリアム様に相手にされないとしても。ジェレミー様はアナスタシアの相手をしてくれたから。彼が、孤独な王宮生活での心の支えだった部分があった。
「……ジェレミー様。少なくとも、私は貴方を信じていた。だから、今とても裏切られた気分です」
「……そっか。まぁ、いいんじゃない? 俺的にも、アナスタシア様に裏切られた気分だからさ」
「それは、どういう意味で?」
まっすぐにジェレミー様を見つめてそう言えば、ジェレミー様は「毒の所為で、別人になったこと」何て面白おかしそうにおっしゃる。……ジェレミー様、やっぱり私の前世の記憶について知っているのね。
「アナスタシア様は、変わってしまわれた。あんなにも苛烈で、自信に満ち溢れていた貴女が俺は好きだった。だから、今の貴女は俺の好きな貴女じゃない。そう思うのに、この気持ちは消えてくれない。……別人に、なったはずなのに」
「……」
「今の貴女は、いったい誰? アナスタシア様であって、アナスタシア様ではない存在でしょう?」
そうおっしゃったジェレミー様が、瓦礫を蹴って私の方に近づいてこられる。逃げようとするけれど、すぐに肩を掴まれて逃げられなくなる。……彼は、一体何を望んでいるの?
「記憶が、滅茶苦茶になったから貴女は別人になってしまった。……貴女は、誰?」
「っつ!」
ジェレミー様は、私の耳元で静かにそう囁かれる。その瞬間、私の心臓がバクバクと嫌な音を立てた。冷たい殺意が身体に触れて、びくりと震えてしまう。隣にいらっしゃるウィリアム様にちらりと視線を向ければ、ただ茫然とされていた。大方、私がアナスタシアであってアナスタシアではない存在だと知ってしまわれたからだろう。
「ま、いいや。俺はどうやら貴女の見た目も好きみたいなんだ。だから、殺しちゃって観賞用にするのもいいかなぁって、一瞬だけ思っちゃったんだ」
「……何ですか、それ」
「そのままの意味だよ。本当は記憶喪失にして、俺に惚れさせる計画だったのにね。全部ない無しすぎてやっば~い。でも、俺こういう不確定要素大好き」
けらけらと笑われながら、そうおっしゃるジェレミー様が、怖かった。だから、柄にもなくウィリアム様の服の袖をぎゅっと掴んだ。今だけは、この人でもいい。誰かに側にいてほしかった。
「……ジェレミー、お前」
「あ、兄上。別にいいよね? アナスタシア様を俺にくれたって。兄上は、アナスタシア様のことを好いていないじゃない。だったら、俺が貰っても――」
「ふざけるんじゃない!」
ジェレミー様のお言葉に、ウィリアム様が声を荒げてそんな風におっしゃった。その後、ジェレミー様の頬を掠るように炎の玉を飛ばす。
「アナスタシアは、物じゃない。だから、お前には渡せない」
「……そっか、残念だ」
ジェレミー様はそうおっしゃると、後ろに飛ばれまた瓦礫の上に立たれる。その飛行距離は、明らかにおかしい。まるで人間じゃないみたいだ。……じゃあ、この人は一体何者?
(……もしかしたらだけれど、ジェレミー様も闇の魔力に弱い部分を付け込まれたのかもしれないわ)
そう思ってジェレミー様を見据えれば、ジェレミー様は「ま、今回はもう終わりかな」なんておっしゃって空を見上げ、大きく伸びをされていた。
「駒も一つ消えちゃったし、新しい駒を見つけるために俺はちょっと旅に出るよ。もう、王家には帰らないから。ってか、帰れないよね。こんな事件起こしちゃったんだから。俺、面の皮が厚いわけじゃなくて、か弱い男だし」
「……嘘だな」
「そうだね~、嘘嘘、真実じゃありませ~ん。ま、いいじゃん。人生一度きり、楽しく生きようよ、兄上」
ジェレミー様はそうおっしゃると、その姿がゆっくりと霧になって消えていく。……変な魔法を、使うわね。
「ジェレミー様!」
その姿を見ていると、私は何故かそう言ってジェレミー様の方に手を伸ばしてしまった。これは、無意識のうちの行動で。多分、アナスタシアの意識がその行動を起こしたのだと思う。
「アナスタシア様、大好きだった。ううん、今でも大好き。だからさ――」
――貴女を手に入れるために、俺は何度だって闇に魂を売るよ。また今度、会おうね。
耳に届いた言葉は、そんな言葉で。その瞬間、私の頭にはひどい痛みが襲ってきた。その所為で、私はその場にうずくまってしまう。ロイドが慌てて支えてくれるけれど、それどころじゃなくて。
「じゃ、最後に置き土産でも残して行くね」
何だろうか。視界がぐるぐると回って、意識が遠のいていく。……あぁ、これは多分精神干渉の魔法をかけられたわ――……。
(何だろう、不思議な、感覚……)
そう思って、私は意識を失った。ゆっくりと、眠りに落ちていくように。意識が、現実から消えていった。
密かにシリーズに外伝を追加しました(n*´ω`*n)気が向いたらよろしくお願いいたしますm(_ _"m)




