悪役令嬢の策略
「悪役令嬢に誑かされて、おかしいわ。ウィリアム様も、マテウス様も、クラウスも。それから――も。私がいるのに、私がいるのにぃ! バグだらけの乙女ゲームなんて、必要ないわ!」
……この世界は、現実なのに。映像で接触してきた時は、キャンディ様は確かに「この世界が現実だと分かっている」とおっしゃっていた。……多分、闇の魔力の所為で彼女の思考回路は退化している。これでは、癇癪を起こして駄々をこねる子供のようだ。いいや、もうそうとしか見えない。
「この世界は、現実よ。死んだらそれで終わり。リセットなんて効かないの。だから、大人しく自分の罪を認めたら、どう?」
私がそう口を挟めば、キャンディ様の瞳がぎろりとこちらに向けられる。その狂気に少しだけ怯んで、少しビクッとしてしまうけれど私はロイドに支えられながら言葉を続けるという選択を取った。いいや、続けなければならないのだ。キャンディ様の殺意を、私「に」向けないといけないから。
「そもそも、自分の運が悪いことを棚に上げて人を責めるなんて、考えなしのすることだわ。運が悪いんだったら、それ相応に自分で考えて行動すればよかったじゃない!」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいぃぃ!」
そんなキャンディ様の叫び声とほぼ同時に、キャンディ様の殺意が完全に私に向けられたようだ。だから、キャンディ様はその禍々しいオーラを放つ短剣を持ったまま、私に向かってくる。……これでいい。ウィリアム様に殺意が向けられるよりも、こっちの方がずっといい。だって、キャンディ様は私「には」手出しが出来ないはずだから。
「ほら、刺せるものならば刺してみなさいよ!」
私はそう叫んで、キャンディ様を強くにらみつける。キャンディ様の殺意に押されて、少し身震いするけれど、お構いなし。私を庇ってくれようとするロイドを押しのけて、私はキャンディ様と向き合った。……彼女は、操られている。それも、ジェレミー様に。だったら、彼女は私を「攻撃すること」が「出来ない」はずなのだ。だって、ジェレミー様の目的は――アナスタシア自身だから。
「っつ!」
その短剣が、私に触れる直前のことだった。キャンディ様の動きが止まって、その場に短剣が零れ落ちる。その隙を見逃さずに、私はその短剣を遠くに蹴り飛ばした。これで、もう彼女は攻撃できない……はず! しかしまぁ、怖かったけれど上手く行ったわね。
「な、んで……!」
私の行動を見て、キャンディ様はそんな動揺したような声を漏らす。……残念だけれど、キャンディ様は「自分の意思」で行動が出来ない。確かにある程度は行動できるかもしれないけれど、操っている主の意に反する行動だけは、出来ない。
「そんなの、簡単じゃない。貴女を支配している人が、その行動を望んでいない。もしくは、ダメな行動だって思っているのよ」
「違う! あの人は、アナスタシアを殺そうって持ち掛けて来て……!」
「それが嘘だって言っているのよ。貴女の言う『あの人』は、貴方のことを使い捨ての駒ぐらいにしか思っていないんだから」
ゆっくりとそう言って、私はキャンディ様のふらつくから距離を取る。その瞬間、キャンディ様の足元から湧き上がっていた白い煙が、キャンディ様の身体を包み込み始める。そして、彼女の存在を消していく。
「アナスタシア!」
ウィリアム様が、そんな私とキャンディ様を見てか私の方に駆け寄ってきてくださる。そして、キャンディ様に視線を向けて驚かれていた。それと同時に――表情が嫌悪に歪む。その後、ウィリアム様の口から漏れた言葉は「アイツ」という一言だった。
「なんで、なんで、なんでぇ……!」
「簡単じゃない。貴女は、貴女の言う『あの人』の意思に反する行動をしたのよ。だから、消えるの」
私はゆっくりとかみしめるように、キャンディ様にそう告げた。……『あの人』、つまりはジェレミー様はキャンディ様のことを使い捨てぐらいにしか思っちゃいない。だから、彼女が自分の意に反する行動をした場合、彼女の存在自体が消えるように魔術をかけていた。大方、そう言うことだろう。あの白い煙は、常にキャンディ様を消すために準備していたものということになる。
「……さて、キャディ様は消えましたよ。それは、貴方の手駒が一つ消えたということになります。どうしますか――ジェレミー様?」
それから、私はゆっくりと視線を後ろに向けて、瓦礫の上に立っている人物を見据えた。そのふわふわとした銀色の髪が、太陽の光を浴びて美しく輝く。だけど、その表情は酷く冷酷で。彼はたった一度だけ「はぁ」とため息をつくと、にっこりと笑った。その後、聞いていて心地の良い声音で、その口元を楽しそうに歪めながら、言う。
「役立たず。使えないなぁ」
と。
いつもありがとうございますm(_ _"m)もうすぐ第一部終わるので、第二部準備中です。第二部には唯一出てこなかった四人目の攻略対象が出る……予定、です!




