悪役令嬢とヒロインの久々の対面
私たちはロイドの魔法で瓦礫をかき分けながら、ゆっくりと進んでいく。そして、見つけたのはたった一つだけ真新しくて無傷な小屋。傷一つ付いていないその小屋は、明らかにこの光景の中で浮いていた。
「……ウィリアム様、どうしま――」
「――とりあえず、殴りこむぞ」
「ちょ、まっ!」
私の制止も聞かずに、ウィリアム様はその小屋の扉を魔法で蹴飛ばしていく。いや、もうちょっと作戦を考えましょうよ。そう思うけれど、多分私も似たようなことをやっていたと思うので、何も言えない。グッと唇をかみしめて、文句を我慢しているとその小屋の中から桃色の肩の上までの髪を持つ、とても可愛らしい少女が現れた。その瞬間、ウィリアム様がぶるりと露骨に震えられる。……あの、格好がつかないですね?
「……キャンディ・シャイドル様」
「わぁ、見つかっちゃいましたねぇ」
ゆっくりとその名をかみしめるように呼べば、その本人であるキャンディ様は楽しそうにコロコロと笑われる。鈴を転がしたような高い声は、聞いていて少し不快になる。……前までは、ここまで不快にならなかったのに。それに、その声の裏には明らかな狂気が宿っている。
「ねぇ、こういうことをして、楽しい?」
「楽しいとか、そういうのもう全部どうでもいいんですよ。だって、私はあの人の駒であり協力者ですから」
「そう」
私の問いかけに、キャンディ様はそのくりくりとした瞳を細めながら嬉しそうにそういう。……やっぱり、操られているっぽいわね。闇の魔力は、人間の醜くて弱い部分に付け込むという。彼女はきっと、アナスタシアへの憎悪や妬みなどを付け込まれた。そう考えて、間違いないだろう。
「……おい」
「わぁ、ウィリアム様だぁ」
そんな時、ウィリアム様が初めてキャンディ様に声をかけられた。すると、その声を聞いたキャンディ様は嬉しそうにさらに瞳を細められる。その足元から白い煙が上がっているのを見つけて、私は直感で彼女の存在が危ういものであると理解した。
「ウィリアム様って、可哀そうですよね。悪役令嬢と結ばれちゃうなんて」
「……悪役令嬢? そんなもの、知らないが」
キャンディ様のお言葉に、ウィリアム様は真剣にそう返される。そうよね。前世の知識がないと、キャンディ様の発言は明らかに「電波発言」なのだ。だから、ウィリアム様に「悪役令嬢」という単語の意味が分かるわけがない。
「悪役令嬢って言うのは、そこにいるアナスタシア・ベル・キストラーのことですよぉ。この世界のヒロインは私。そこにいるのは、破滅する未来しかないはずの悪役令嬢だった」
キャンディ様はそうおっしゃって、私のことを強くにらみつけてこられる。その瞳に宿っている憎悪に身震いをして、私はゆっくりと口を開いた。
「この世界は乙女ゲームの世界じゃないわ。私は確かに元は悪役令嬢だったかもしれない。でも、今はもうただのアナスタシア・ベル・キストラーよ。悪役令嬢の役割は、終わったわ」
「ふふっ、そんなことありえないですよぉ。だって、私が幸せにならなくちゃいけないのよ? こんな結末、認められない」
キャンディ様がそう叫ばれた瞬間、小屋がぐらぐらと揺らぎ崩れていく。ロイドが慌てて私とウィリアム様を突き飛ばし、本人も後ろに下がる。そのまま小屋は崩れ落ち、中央ではキャンディ様がまぶしいばかりの笑みを浮かべて笑っていらっしゃった。……その足元からは、相変わらず白い煙が上がっている。いや、その煙の量は明らかに多くなっている。
「認めない認めない認めない! ウィリアム様の隣には、私が並ぶはずだった! 私が聖女で私が王太子妃なのに!」
「……それは、違う」
私がロイドに支えられながら立ち上がっていると、ウィリアム様のそんな静かな声があたりに響いた気がした。私が驚いてウィリアム様の方に視線を向けると、そこには強い意志を宿したウィリアム様がいらっしゃって。……そのお姿には、いつものポンコツの面影はない。
「アナスタシアは誰が何と言おうと、俺の妃だ。だから、誰であろうと侮辱することもバカにすることも許さない」
「……何ですかぁ、私よりもその悪役令嬢を選ぶんですかぁ?」
「悪役令嬢だろうがヒロインだろうが、関係ない。そもそも、俺が選んだのはキャンディ・シャイドルという女ではなく、アナスタシアという女だったというだけだ。お前たちの言っていることは分からないが、俺は何があってもお前を選ぶことはない」
冷静沈着に。しかも、強い意志の宿ったそんなお言葉に、キャンディ様が瞳を見開く。その後、憎悪の籠った瞳でウィリアム様を見つめていた。その視線には、憎悪に狂気。それから……殺意がこもっている。……ヤバいわね。キャンディ様、完全に壊れたかもしれない。それに、私の予想が正しければこの場を回避するためには「私に殺意を向ける」必要がある。
「おかしいのよ。私がこの世界のヒロインなのに! 運が悪いとか、そういうのありえないわ! ヒロインなのに貧乏生活だし、悪役令嬢は悠々自適。腹が立って仕方がなかったのよ!」
そうおっしゃったキャンディ様は、呪文を唱えて手元に短剣を作り出す。その短剣は、禍々しいオーラを放っており、それがただの短剣ではないということは容易に想像がついた。そして、その短剣の矛先が向けられているのは――ウィリアム様だった。
総合評価6500超えたみたいです(n*´ω`*n)ありがとうございますm(_ _"m)
(相変わらず不調ですが、三日に一度は更新できるように頑張ります)




