悪役令嬢とさらなる事件の始まり
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それからまた数日後。王都に帰る日を明日に控えた日のこと。私の元に、予期せぬ客人がやってきた。
「アナスタシア様!」
「……クラウス」
ニーナの制止を振り切って、私の元に駆けつけてきたのはほかでもないウィリアム様の専属従者で、情報通のクラウス。彼は、普段の冷静さなど見る影もないほど焦った様子で私に詰め寄ってくる。……一体、何? そう思って私は机の上の書類を片付け始める。まずは、クラウスに落ち着いてもらわなくちゃ。私は、そう呑気に思っていたのだ。
「ねぇ、クラウス――どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよ! 街が、トバイアスの街が大変なことになっているんですよ!」
「……え?」
クラウスはそう言って、慌てふためきながらトバイアスの街の現状について説明してくれた。どうやら、クラウスは商談があってトバイアスの街に来ていたらしい。そして、クラウスの説明を聞いた私は……すぐにニーナに馬車の手配をさせた。その後、クラウスはシルフィアさんとマックスさんの元に駆けて行った。……最初に私の元に現状を伝えに来たのは、私が一番準備に時間がかかると思ったからみたいだった。……読まれている。
「アナスタシア様!」
「ロイド。すぐに出かける準備をするわよ。トバイアスの街に、敵兵がなだれ込んでいるみたいなの」
「トバイアスの街に!?」
私は歩きながら上着を羽織り、後ろにやってきたロイドにそう声をかける。クラウスの説明はこうだ。敵兵が、突然トバイアスの街になだれ込み暴れていると。その敵兵は明らかに人間ではないらしい。だから、闇の魔力が関わっていると。そして、その敵兵たちの後ろには――。
「――キャンディ様が、いらっしゃるらしいのよ」
別邸の玄関に向かいながら、私は神妙な面持ちでそうロイドに告げる。すると、ロイドは下に向けていた顔を勢いよく上げた。
「つまり、キャンディ・シャイドルが敵兵を操って暴れていると……?」
「その可能性はゼロではないわ。けど、絶対にキャンディ様の後ろに誰かがいると思うのよ。……その正体は、大体予想がついているわ」
私はそう言って、ニーナに用意させた馬車にロイドと共に乗り込んでいく。途中でクラウスに鉢合わせ、他のメンバーが馬で走っていくという情報を聞いた。……生憎、私は馬に乗れないので馬車で行くしかないのだけれど。ちなみに、ロイドは私の護衛を兼ねているため一緒に馬車で行く。
御者に合図をして、私とロイドが乗りこんだ馬車が全力疾走でトバイアスの街に向かう。……トバイアスの街が、無事だと良いのだけれど。そう思い、息をのんでこぶしを握り締める私。そんな私を見て、ロイドが口を開く。
「……被害が見えませんから、何とも言えませんが無事だと祈るしかありません」
そんなことを言うロイドの表情はかなり曇っていて、ロイドはロイドなりに不安に思っているのだと私は分かった。どうやら、ロイドはお菓子作りなどを教えている間に孤児たちにかなりの情が移ってしまったらしい。ロイドらしくないけれど、良い変化だと思う。
「ねぇ、ロイド。いろいろと考えをまとめたいの。お話を聞いてくれる?」
私が窓の外を見つめながらそう言えば、ロイドは「はい」と言ってくれた。だから、私は今までのことをまとめていく。
「私が毒を盛られた際、キャンディ様は幽閉されていた。つまり、彼女が私に毒を盛ることは不可能」
「……そうですね」
「そもそも、お兄様に教えていただいたのだけれど、私に盛られた毒は『生死を彷徨うものの決して殺しはしない毒』らしいのよ」
「……どういう、意味で?」
「相手の狙いは私の命ではなく、私の記憶だったらしいわ」
孤児院で気絶した時に見た夢。そこで声だけ聞こえてきた自称黒幕。彼は言っていた。「毒が思わぬ方向に作用した」ということを。それはつまり、黒幕は私に前世の記憶が蘇ったことを知っている。「思わぬ方向」とはつまり、私が前世の記憶を思い出してしまったことだろう。
「相手はきっと、私を記憶喪失にすることが狙いだった。でも、私は毒の所為で性格が変わるだけだった。……思わぬ方向に、毒が作用してしまったわ」
私が瞳をゆっくりと瞑ってそう言えば、ロイドの息をのむ音が聞こえてきた。きっと、私の記憶が狙いだなんて想像もしていなかったのだろう。それに、ロイドはお兄様が説明してくださっていた場にいなかった。だから、ロイドにとってこの話は初耳のはず。
「そして、私が記憶喪失になってメリットがあるのは宰相でも大臣でも、キャンディ様でもない。私は孤児院で気絶した時に夢を見たわ。あの夢で、黒幕であろう人の声を聞いた。その時、黒幕は言っていた。――私を手に入れたい、と」
アナスタシアを手に入れたいと願い、高度な毒が使え、キャンディ様や宰相に大臣を唆すことができる人物だと考えれば、かなり黒幕候補は絞られる。そして、アナスタシアのことを記憶喪失にしたという人物は――きっと、あの人しかいない。
「私に毒を盛って、キャンディ様を操っている黒幕は――」
――第二王子殿下の、ジェレミー・ベル・キストラー様で間違いないと思うわ。
私は、ロイドとしっかりと視線を合わせてそう言った。
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