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悪役令嬢の野望


「……それは、簡単に渡せるものではない。それぐらい、アナスタシアならばわかっているだろう?」

「えぇ、分かっています。分かっていてなお、そう言っているのですよ」


 私の言葉に、ウィリアム様は怪訝そうな表情を浮かべられた。でも、私はここで引くわけにはいかない。ここで引いたら……私の最終的な目標と言う名の野望が、叶えられなくなってしまう。そのためには、まずはアナスタシアの力をある程度示さなくてはならない。その後、離縁する。離縁するのならば力を示す必要はないかもしれないけれど、アナスタシアの本当の力を侮られたままなのは嫌だったし、この国を良くしたいという気持ちは私の心の中に間違いなくあった。


「私、領地経営について調べましたの。ですので、それ相応にできると思っておりますわ」

「……所詮それは空論上の話だろう。実際は違う」

「えぇ、それもわかっております。ですが……王家の現在の懐事情を考えれば、私に懸けるのもいいかもしれませんわよ?」


 私のその言葉で、露骨にウィリアム様の視線が狼狽える。私は知っている。ここ数日間図書館に入り浸った結果、あやふやだった「不安」が明確になったから。はっきりと言えば、この王家の懐事情はあまりよくない。アナスタシアの時も薄々感じ取ってはいたのだけれど、それでも行動には移さなかった。まぁ、王家の財政が傾いているのは別に悪いことをしたからというわけではないから、後ろ指を指されることもないと判断したのだろうけれど。


「現在、王家の財政は赤字続きですわよね? 聖女を選定したり、いろいろなことをするのにお金が莫大にかかっております。しかし、最近は災害も多い。貴族に多大なる税を課すわけにもいかない。そう判断されたのでしょうが……それでは、本末転倒。王家が滅びてしまいますわよ?」


 この国の王家の人間は、何故か滅茶苦茶お人好しなのだ。ウィリアム様のように冷たい人の方が珍しい。国王陛下も王妃様も、第二王子殿下もそれはそれはお人好しであり、困っている人を放っておけない。それは人としては美徳になるかもしれないが、人の上に立つ者としての素質にはつながらない。時には冷酷になることも必要なのだ。


「……今のところ、お兄様がそこそこ援助をしているため助かっているようですが、財政状況からすれば私の実家の方がよいのでしょう? 隠さなくてもよろしいのですよ?」


 今の状況だと、財政状況は間違いなくアナスタシアの実家であるシュトラス公爵家の方が良いだろう。まぁ、シュトラス公爵家は数代前に薄汚いこともやってきたから、そこまで威張れることではないのだろうが。しかし、アナスタシアの兄である現在の公爵はきちんとした方法で財政を上に向けている。社交界ではやり手の若き公爵として有名なアナスタシアの兄。ちなみに余談だが、アナスタシアの兄とウィリアム様はとても仲がよろしい。


「……アナスタシア一人に、何ができるというのだ?」


 ウィリアム様は、感情を消した瞳で私にそう問いかけてきました。まぁ、そうですよね。経営学も独学で少しかじったような小娘が土地を持ったところで、発展させられる可能性は明らかに低い。ですが……それは「私一人だった場合」のことですよね? 私一人ではなかった場合、上手く行く可能性は上がります。しかも、それが「一流」のお方だったらどうでしょうか?


「はっきりともうしあげますが、私一人では何もできないでしょう。旦那様のおっしゃる通り、それは所詮空論のお話。夢物語にしかすぎません。ですが……もしも、『領地経営のプロ』が私に協力してくださり、助言を下さったらどうなるでしょうか?」

「……おい」


 そうおっしゃったウィリアム様の瞳が、大き見開かれる。えぇ、そのまさか。私は……とあるお二人のお方に力を借りるつもりなのです。


「私はお兄様と、マックスさんの力を借りるつもりですわ。お兄様はシュトラス公爵家を発展させてきた、誰もが知る素晴らしい経営術を持つお方。そして、マックスさんは影からサポートするプロなんです。あのお方は知る人ぞ知るサポートのプロですからね」


 私は、そう言ってウィリアム様ににっこりと笑いかけました。


 マックスさんを初めて見たとき、私はどこかで不思議な感覚に陥りました。そして、気が付いたのです。……彼は、人をサポートすることができる知る人ぞ知る素晴らしい人だと。


「旦那様が私のことを好いていないことは、私もよーく知っておりますわ。ですが、このまま朽ち果てるのと私に懸けてみるの。どちらがいいかは、わかりますわよね?」

「……あぁ、それはわかる」


 ウィリアム様は私の瞳をまっすぐに見つめてそうおっしゃいます。……さすが、物分かりの良いお方。きっと、私にはお兄様が後ろについているということも信じるという判断を後押ししたのでしょう。私を信じているわけではなさそうですね。まぁ、それは全く構いませんが。


「だが、土地の権限はすぐには渡せない。ある程度準備が必要だからな。……一ヶ月、待ってくれ。その間に父上と母上を説得しよう」

「ありがとうございます」


 私はウィリアム様にそう素直にお礼を言いました。よし、これで私の野望の第一歩が進んだわ。まぁ、領地経営がうまくいくかどうかが大きな分岐点になるだろうけれど。でも、マックスさんとお兄様がいれば失敗という可能性は低くなると思う。


「……それから、アナスタシア」

「旦那様?」


 私がそう思っていると、ふとウィリアム様は私に恐る恐るといった風に声をかけてくださいました。……何か言いにくそうに俯いていらっしゃいますが、いったい何がおっしゃりたいのでしょうか? 私はそう思いながら、ウィリアム様をただまっすぐに見つめる。


「アナスタシアは、変わったな」


 そして、次にウィリアム様の口から紡がれたのはそんなお言葉だった。

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