悪役令嬢、奮闘する
「シルフィアさん。それ……光の魔力で、消せるんですよね?」
私は、決意を固めてその魔法陣だというものに触れ、そうシルフィアさんに問いかけた。すると、シルフィアさんは静かにうなずいてくれる。……だったら、私にできることはたった一つしかない。私の光の魔力で、この魔法陣のようなものを消す。それだけだ。
「……アナスタシア様。お言葉ですが、これだけ大きな魔法陣を消すとなれば、アナスタシア様の魔力が尽きてしまいます。……また、倒れますよ……?」
「でも、仕方がないじゃない」
シルフィアさんの心配に、私はあっけらかんと答えた。正直、また倒れるのは勘弁願いたい。ニーナにもロイドにも、お兄様にも心配をかけてしまうから。だけど、このまま大人しく聖女の派遣を待つというのも勘弁願いたい。だって、魔法陣ということは消さないと何かがあるって言うことでしょう? それに、ここに光の魔力を持つ人間がいるんだから、利用するしかないんじゃない?
「大人しく聖女の派遣を待っていても、手遅れになっちゃう場合があるんだもの。それに、私使いこなせていないけれど、魔力だけはたっぷりあるんだから」
アナスタシアの光の魔力は、かなり多い方だ。だからきっと、聖女に選ばれることが出来た。よし、やってみるしかない。
「アナスタシア様! おやめください」
私が魔法陣に手をかざして、魔力を注ごうとした時。ふと、ロイドに止められる。ロイドは、心の底から私のことが心配だとでも言いたげだった。……ロイド、貴方にもたくさん心配をかけてしまうわね。あぁ、ダメな主でごめんなさい。アナスタシアだったら、こんな無茶しなかっただろうな。だけど、中身が私だからロイドに心配ばかりかけてしまう。
「ごめんね、ロイド。でも……私、心を入れ替えたのよ。今を精一杯生きる。だから、貴方の制止は聞かない。本当に、ごめん」
苦笑を浮かべながら、私はそう言ってその魔法陣に光の魔力を注いでいく。物に魔力を注ぐことぐらいは、私にだって出来る。というか、それ初歩中の初歩だし。人に魔力を送るわけじゃないし。
(集中して……消すのをイメージする)
私は、脳内でそう唱えて目の前の魔法陣を見据えた。魔法陣は、ゆっくりとだけれど色が薄くなっていく。赤と黒が交わったような不気味な色合いは、人の不安を煽る。特に、キャンディ様が私に向けたようなメッセージが怖い。……でも、やらなくちゃ。このままこれを放置しても良いことなんて、一つもないんだもの。
(ふぅ、よし、大丈夫)
いったん自分で心の中を整理して、気持ちを立て直す。それから、私はまた魔法陣に向き合った。シルフィアさんの言う通り、この魔法陣からは歪すぎる不気味な力が漂ってきた。……それが私の身体の中に流れ込もうとしてきて……心が不安になる。……精神的に干渉してくる魔法でも、かかっているのかしら?
『……アナスタシア様』
そんな時、ふと私の名前が呼ばれた気がした。慌てて後ろを振り返るけれど、ロイドもシルフィアさんも何も言っていないよう。……違う。今の声は、ロイドでもシルフィアさんでもシスターでもない。かといって、キャンディ様でもない。……じゃあ、誰?
(誰であろうと、今は関係ないわ。とりあえず今は……目の前のことに集中しなくちゃ)
でも、私は自分自身にそう言い聞かせて、ゆっくりと深呼吸をする。その後、また魔法陣に集中する。心が不安になって、ざわめく。それでも、それでも――……。そう思い続けて、私は必死に魔力を注ぎ込み続けた。
(あと少し、みたいね)
徐々に色が消えていく魔法陣を見ながら、ホッと一息をつく。……この調子だったら、何とか持ちこたえることが出来るかもしれない。気絶しないで、済むかも。そう、思ったのに。
『アナスタシア様』
また、その声が聞こえてきて。心がざわめいた。それは、まるで狂気を向けられているかのような、不安。狂気に満ちた人に、愛情を向けられているかのような、感覚。
(……ダメだ。今ので集中力が、乱れた)
集中力が乱れてしまえば、魔力を注ぎ込むことが上手く行かなくなり、横道にそれてしまう。それはつまり……余計な魔力を消費するということで。目の前の魔法陣が消え、壁が真っ白に戻ったころに……私は、その場で崩れ落ちた。
「アナスタシア様!」
ロイドのそんな声が聞こえて、私の身体が誰かに支えられる。ゆっくりと閉じてしまっていた瞳を開ければ、そこにはロイドが心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。どうやら、私の身体を支えてくれているのもロイドのよう。
「ご、めん、ロイド。……私、眠る、わ。ちょっと力、使いすぎたみたい……」
「だからおやめくださいと言ったのに!」
あぁ、こんな風に怒ったロイドはレアだわ。そう思いながら、私はゆっくりと瞳をもう一度瞑った。……ふぅ、でも、何とか魔法陣は消えてくれたわね。これで、少しはキャンディ様の邪魔が出来たらいいんだけれど……。
『アナスタシア様』
なのに、私が眠りに落ちる前に聞こえてきたそんな声が、私の心をかき乱していく。不安に、陥れていく。それがひどく――不気味だった。
あらすじにも書いてある通り、こちらの作品が書籍化します(n*´ω`*n)公式様から告知されましたので、こちらでも告知します。
読みやすくなるように加筆修正頑張っておりますので、よろしくお願いいたします(随時情報を解禁していきます)
一部サイトでは予約も始まっているようで、作者は胃痛とお友達になります(´・ω・`)




