悪役令嬢と王太子の従者の契約
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「アナスタシア様。ご無沙汰しております」
「……クラウス。久しぶりね」
ウィリアム様に大臣たちの不穏な動きについてを教えてもらってから、二日後。私は一人の男性と対面していた。漆黒色の短髪と、同じく漆黒色の瞳。瞳の形は少々吊り上がっている。しかし、今はその瞳を柔和に細めており、彼はいかにも人当たりの良い男性を装っていた。まるでロイドみたいだけれど、彼は本当の意味で「明るい人」なのだ。まぁ、乙女ゲーム内では世に言う「ヤンデレ枠」なのだけれど。
「えぇ、しかしまぁ、楽しそうなことをやっておりますね~。俺も仲間に入れてほしかったですよ~」
けらけらと笑いながらそう言う彼の名前はクラウス・ギャロウェイ。ウィリアム様の専属従者の一人であり、乙女ゲームでの攻略対象の一人。明るい顔の裏に凄まじい狂気を隠しているヤンデレさん、とかいうキャッチコピーだったはず。情報通で様々な情報を持っていることもあり、私も一時期懇意にしていた。あと、彼は男爵家の令息でもある。
「軽口は控えてくれると助かるわ。貴方を呼び出したのは、頼みたいことがあるからだし」
「へぇ~、ま、大臣たちのきな臭い動きとか、キャンディ・シャイドルの動向とかいろいろ情報はありますよ~」
「そう。ところで……クラウスは、キャンディ様に嫌悪感を持っていないのね」
私はふと、そんなことを口走ってしまう。お兄様、ウィリアム様。あのお二人は、キャンディ様にひどい嫌悪感を持っていらっしゃった。でも、クラウス様は違うように見える。……実際、見えただけのようなのだけれど。
「いや、嫌悪感自体は持っていますよ。俺の婚約者、傷つけようとしましたし。でも、彼女の情報は美味しく調理できるので、プラマイするとちょっぴりマイナスに傾くぐらいですかね。シュトラス公爵や、主程ではありませんよ」
そんなことを言うクラウスの瞳は柔和に細められているけれど、口元が笑っていない。……いろいろと、知ってはいけないことを知った気がするわ。あと、クラウスって婚約者がいたのね。まぁ、そこは追々詳しく聞きましょうか。
「大臣のこともだけれど、私が今一番知りたいのはキャンディ様のことよ。正直、どういう風に攻撃してくるかが分からなくて、困っているのよ。……クラウスだったら、何か掴んでいるんじゃないの?」
私がクラウスの瞳をまっすぐに見つめてそう問えば、クラウスはその口元を楽しそうに歪めた。……そう言えば、この人そう簡単には動かないんだっけ。ウィリアム様の命令では渋々動いている感じだけれど。
「では、対価をいただけますよね? そうすれば、キャンディ・シャイドルのことをすべてお話しますよ。あと、これから手に入れる情報もすべて渡すとお約束しましょう」
クラウスは柔和に細めていたその瞳をゆっくりと開きながら、私を見据えてくる。……本当に、食えない性格ね。そう思ったけれど、今はクラウスに縋るしかない気もするのだ。多分、ウィリアム様に大臣たちの情報を流したのもクラウスだろうし。……そもそも、クラウスは自分のメリットにつながることしかしない。こうなることは、お見通しだったんだろうな。
「対価、ねぇ。何が欲しいの? 前のようにお金? 権力? それとも金品?」
私がそう問いかければ、クラウスは目の前で人差し指を横に振る。……違うっていうことか。さて、そうなったら困ったものね。アナスタシアがあげられるのは、そう言うものしかない。それ以外を求められても、払えるか分からないわ。そもそも、今までクラウスにはお金を払ってきたのに。
「俺、結構今は懐潤ってて。アナスタシア様から頂いたお金で商会を立ち上げたりしたんですよ。なので、お金はあります。ま、土地とかだったら欲しいですけれどね。婚約者とゆっくりと過ごせる場所が欲しいので」
「そう。じゃあ……王家の土地をいくつかあげるということでどう?」
はっきりと言って、領地経営が軌道に乗り始めれば私はこの土地を王家に返還するつもりだった。しかし、ウィリアム様に相談したところ「別の領主を立てたい」とおっしゃっていたのだ。多分、王家がそれ以上土地を発展させられるの可能性は低いと考えられたのだろう。……だから、丁度いい。クラウスに新しい領主になってもらえばいいの。彼、商会を立ち上げて成功させているみたいだし、経営手腕はあると思うわ。
「へぇ~、どんなところですか?」
「どんなところって、ここよ、ここ。私が今領地経営をしているけれど、その後新しい領主を立てるつもりなのよ。その領主に、貴方を推薦してあげるって言っているの」
「それは、結構魅力的ですね」
クラウスは、従者を辞めたがっている。そもそも、彼男爵家の令息だしね。従者よりも領主になりたいのも分からないこともないわ。
「じゃあ、そう言うことでいいわね? ただ、私が時折こっちに来るのを許してくれると、助かるわ」
「それぐらいならば、全然いいですよ。じゃあ、交渉成立ですね」
そう言ったクラウスの手に、文字が浮かび上がる。これはクラウスが使える魔法の一つで「契約魔法」というものだ。この契約魔法をかけられれば、その契約を破ることが出来なくなる。……相変わらず、厄介な魔法を持っているわ。
「では、お話しますね。キャンディ・シャイドルの動向を――」
けらけらと笑いながら、クラウスは話し始めた。楽しそうに、愉快そうに。




