悪役令嬢と現状
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「ふぅ、こんなものかな」
私が領地経営を始めて二週間が経った。一応今のところ順調……だと思う。お兄様が協力してくださることもあり、いろいろなことが上手く行っている。そのお兄様は王都とこちらを行き来しながら生活をされていた。ちなみに、お兄様以外は基本的にこちらに住んでいる。一ヶ月はこちらに居ていいとウィリアム様が許可を得てくれたから。つまり、あと二週間はここに居られる。
(でも、なんだか不気味ね)
雲一つない空を見上げながら、私はふとそんなことを思う。キャンディ様が接触してきたのは、あれ一度のみ。さらには、姿を見かけたのもあの時一回のみ。ここまで何も音沙汰がないと……いろいろと勘繰りをしてしまう。何かが、起ころうとしているのではないか? そんなことを思ってしまうのが人間というものだ。これが、杞憂に終わればいいのだけれど。
「アナスタシア、少しいいか」
「……はい、旦那様」
そんなことを考えていた時、ふと部屋の扉がノックされ、声をかけられる。その声は、他でもないウィリアム様で。私はニーナに扉を開けてもらい、ウィリアム様を部屋に招き入れた。
「どうしましたか、旦那様?」
私はウィリアム様がソファーに腰を下ろされたのを見て、そう声をかける。ここ二週間で、私とウィリアム様の関係は「ビジネスパートナー」としては良好になったと思う。互いに切磋琢磨し合う関係。……とてもではないが、夫婦には見えないだろう。例えるならば……そう、少年漫画に出てくる主人公とライバルのような、関係。って、そうじゃない。
「いや、きな臭い情報を手に入れたからお前の耳にも入れておこうと思っただけだ」
「……きな臭い情報、ですか?」
ウィリアム様から見て対面のソファーに腰を下ろしながら、私はウィリアム様のお言葉を復唱する。すると、ウィリアム様は持ってこられたファイルの中から数枚の紙を私に手渡してくださった。その紙に書かれているのは……一部の大臣たちの不穏な動き。
「宰相を始めとした、一部の大臣が不穏な動きをしているらしい。曰く、あの女を利用する方向で考えているそうだ。……多分だが、こいつらがあの女の脱獄を手引きしたんだろうな」
「あの女とは、やはりキャンディさ――」
「いうな! 背筋が凍る!」
ウィリアム様はそうおっしゃって、腕をさすられていた。いや、いったいどれだけ拒絶反応が……。そう思ったけれど、お兄様も似たような感じだったので仕方がないと思い直す。さて、今はそれよりも大臣たちのきな臭い動きについて調べなくては。……でも、ここにいる以上どうすることも出来ない。
「ところで、旦那様はこの情報をどこで手に入れたのですか?」
そう言えば、ウィリアム様もずっとここにいらっしゃったはず。大臣たちの動きなど、分かるわけがない。国王陛下や王妃様から聞いたという可能性もあるけれど、お人好しの塊であるあの方々が人を疑うなんてするわけがないだろう。
「それは、俺の従者が送ってきてくれたものだ。アイツは信頼のおける奴だからな。……こっちに俺たちがいる間、何か行動するんじゃないかって探らせていた」
「まぁ、そうですの」
……やはり、人を疑うという点でウィリアム様は素晴らしい。冷血と呼ばれているだけはある。そう思いながら、私が心の中で拍手をしていると、ウィリアム様は「どうする?」と私に問いかけてこられた。いや、どうするとは?
「どうする、とは?」
「決まっているだろう。こいつらをどうするかということだ。このまま泳がせて証拠をつかむ。もしくはこの段階で取り押さえる。俺的には、前者の方がおススメだ。奴らのトップが現状分からないからな」
「……トップとは、宰相では?」
「いいや、俺の予想だと違う。……もっと、ヤバい奴が関わっている気がするんだ。これは、確証がないんだが」
ウィリアム様はそうおっしゃって、私に意見を求めてこられる。少し、成長されたのですね。そんなことを思うと、少しだけ嬉しくなる。いずれ離縁して私がいなくなっても、この調子のウィリアム様ならば大丈夫……だと思う。お兄様もついていますし。
「では、泳がせる方向で行きましょうか。証拠と黒幕を暴きましょう。……ですが、黒幕は慎重なようですね」
「……あぁ、アイツは間違いなく慎重だ」
そうおっしゃったウィリアム様のお言葉に、私は少し疑問を抱いてしまう。だって今、ウィリアム様は「アイツは」と確定されていた。その場合――ウィリアム様は黒幕の正体が、分かっているということになる。しかし、今は私が変に口を出す時ではない。そう、判断した。
「では、そちらの方は旦那様にお任せしますわ。……私は、領地経営の方を軌道に乗せたいので」
「あぁ、分かった。お前の兄にも相談することにしよう」
ウィリアム様はそれだけをおっしゃると、部屋を出ていかれた。その後姿を眺めながら、私は「ふぅ」と息を吐く。……なんだか、嫌な予感がするわ。そんな私の嫌な予感は――ある意味、的中してしまうのだけれど。




