悪役令嬢と孤児(と硬直の王太子)
子供たちが集まるという部屋に足を踏み入れれば、中の子供たちの視線が一斉に私とウィリアム様に集まる。その際に、ウィリアム様が一歩後ずさったのを私はしっかりと見た。……相当、子供が苦手なようだ。
「わぁ~、綺麗な人!」
子供たちが私たちを見て茫然とする中、一人の十歳ぐらいの女の子が私の方に駆け寄ってきてくれた。シスターが止めるものの、私はシスターを手で制して、その女の子の目線に合わせて屈む。すると、その女の子は私に「綺麗ですね!」と言ってくれた。……うん、アナスタシアは美人よね。
「貴女、お名前は?」
「私はね、ハナっていうの!」
「そう、ハナちゃんね」
孤児ということもあり、やっぱり家名はないのね。中には両親と死別してここに来ている子もいるけれど。その子たちは、家名を持っているはずだ。
「お姉さんは?」
「私? 私はアナスタシアよ」
ハナちゃんに笑いかけながら、私はそう言う。すると「アナスタシア様はお貴族様ですよね?」と瞳をキラキラさせながら問いかけてきた。……この子、結構ぐいぐい来るわねぇ。シスターに視線を向ければ、ただ静かに頷いていた。さすがに王太子と王太子妃が来るとは子供たちには伝えていないか。
「ええ、そうよ。一応公爵家の人間なの」
「公爵家ってことは……お貴族様の中で一番偉い人、ですよね……?」
「まぁね。でも、大して気にしなくてもいいわよ。一番偉いのは私のお兄様」
私はそう言って動揺するハナちゃんと視線を合わせた。この際、王太子妃ということは隠して公爵の妹ということにしておこう。ま、嘘じゃないし。元々公爵令嬢ですし。実際お兄様は公爵ですし。
「アナスタシア様は、どうしてここに……?」
その後、ハナちゃんはそんなことを問いかけてきた。うん、普通そう考えるわよね。そう思いながら、私がウィリアム様に視線を向ければ、露骨に視線を逸らされる。さらには、入口から全く動いてくださらない。あの子供が苦手というところ、何とかしなくちゃいけないわね。離縁するまでに何とかしておきたいわ。次の妃の為にも。
「ここにね、寄付しにきたのよ。それから、貴女たちの自立の手伝いをしに来たの」
「……自立?」
「そうよ。貴女たちは十五になったらここを出て行かなくちゃならない。だから、その後苦労をしないためのお手伝い」
まだ、十歳ぐらいの子には分からないかな? でも、あと五年で出て行かなくちゃならないとなれば、時間はない。無知な元孤児を安い給金の仕事に付ける大人もいるし。その前に、私たちがなんとかしてあげなくちゃ。
「ハナちゃんは、お菓子は好き?」
「お菓子? 好き!」
「そう、じゃあよかったわ。私はね、貴女たちにお菓子作りを教えようと思うの。もちろん、将来はそれを生かしてお菓子作りの道に進んでもいいし、別の道に進んでもいいわ。だけど、一つぐらい特技を持たなくちゃね」
前世では、資格があれば就職に有利だった。だから、この世界でもそう言う特技があれば就職にきっと有利だと思うの。幸いにも、お菓子を売っているお店は何処にでもある。出来ればこの街でりんごを使ったお菓子を作ってほしいけれど、子供をそこまで縛り付けるわけにはいかない。
「特技や知識を持っているのといないのとでは、周りからも目も変わってくるわ」
「だったら、もう可哀想な子って見られない……?」
「……えぇ、立派な子だって思われるわ」
ハナちゃんは、どこか悲しそうにそう言ってくる。……そうよね。世間一般的には孤児とは「可哀想な子」なのだ。両親に捨てられたにしろ。両親と死別したにしろ。「可哀想な子」というレッテルを張られて、そんな視線で見られ続けるのは結構きついものがあるそうだ。あ、これ前世の友人の受け売り。あの子は、母子家庭だったから。
「わかった! じゃあ私、頑張るね!」
でも、そう言ってくれたハナちゃんの頭を私は撫でる。その後、もういい加減痺れを切らしそうなのでウィリアム様の腕をひっつかんで、こちらに引き寄せた。ウィリアム様は渋々といった風にこちらに来てくださるけれど、子供を見ると硬直されていた。……こりゃあ、重傷だ。
「あ、アナスタシア? どう、関わればいいんだ……?」
「関わるも何も、自然に接すればいいんですよ。まずは目線を合わせてあげて、それで優しく言葉をかけてあげるんです。旦那様、あれだけ腹黒な大人たちとやり合っているじゃないですか」
「子供と腹黒な大人は別だ。アイツらは弱くない。殴れば殴り返してくる」
「……その考えは、どうかと」
ウィリアム様が頑なに子供を苦手とする理由が、少しだけわかった気がした。つまりは、大人と違って弱いということだろう。大人は殴っても殴り返してくる。でも、子供は違う。そうおっしゃりたいのよね。よし、分かったわ。こうなったら――少し乱暴だけれど、治療をしましょう。
「じゃあ、シスター。私と旦那様は、子供たちのことを知るために少しだけ遊んでみますね」
「……はぁ!?」
私の言葉に、ウィリアム様が露骨に驚いた視線を向けてくる。でも、私はウィリアム様の腕をがっちりとつかんで、笑顔で黙らせた。これも次の妃の為よ。
「は、はぁ、では、よろしくお願いいたします……?」
シスターはそう言って、頭を下げてくれる。さて、ウィリアム様。乱暴な治療をしましょうか――……。




