悪役令嬢と王太子の気まずい空間
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(さてさて、どうしましょうかねぇ……)
本日一番の目的地である孤児院へと走る馬車。乗っているのは私とウィリアム様のみ。後ろからはマックスさんとシルフィアさんが乗った馬車が付いてきている。……ちなみに、こうなったのはシルフィアさんが余計な気を遣ったため。いや、はぐれてまた襲われたらどうするのかと尋ねたのだけれど、シルフィアさん曰く「絶対に大丈夫です!」ということだそうだ。いや、もうすでにいろいろな意味で大丈夫じゃないのだけれど。何がって、馬車の中の空気が。重すぎるし、二人とも何も言葉を発しない。
(いやもういっそこのまま無言の方が……)
そっちの方が、楽な気がしてきた。そう思いながら、私は馬車の窓から外を見つめるウィリアム様の横顔をちらりと見つめた。顔立ちは、さすがは乙女ゲームのメインヒーローということだけはあり整っている。その赤色の髪はいつ見ても鮮やかできれいだし、真っ赤な鋭い瞳もお美しい。十九歳とは思えないほどのオーラを備えたそのお方だけれど……私のお兄様にはめっぽう弱い。そう考えたら、少しだけ可愛らしい、かなって。
「……アナスタシア。どうかしたか?」
私がそんなことを考えていると、ふとウィリアム様と視線が合った。どうやら、私はかなりの間ウィリアム様を見つめていたようだ。……不覚。心の中でそう唱えながら、私はウィリアム様に「いいえ、お顔がお美しいなぁ、と」なんて当たり障りのない言葉を返した。アナスタシアは、ウィリアム様のお顔が好きだったし、こういっておけばハズレはないだろう。……お兄様がおっしゃっている通り、今はウィリアム様に中身が違うことを知られてはいけない。
「……その言葉を聞くのは、久々だな」
「そうでございますね。私も久々に言いましたもの。……毒に倒れてから、こんな言葉を言った覚えがありません」
「そうだな。それぐらいから、アナスタシアの称賛の言葉を聞いていない」
それまでのアナスタシアは、度々ウィリアム様に称賛の言葉をぶつけていた。でも、記憶が蘇ってからはそう言うことはしていない。……アナスタシアはきっと心の底からそう思って言っていたのだろうけれど、私は心の底からそう思っていないから。
(アナスタシアは好きな相手を褒めていただけ。でも、私はそうじゃない)
私はウィリアム様のことはあくまでも「観賞用」として見つめている。だから、アナスタシアの言っていた通りの言葉を口走ることが出来なかった。なんだか、アナスタシアと私の気持ちがちぐはぐすぎて笑えて来ちゃうわね。……はぁ、バレないといいなぁ。
「だが、今のお前といる方が心地いいと思うんだ。……称賛の言葉なんて言わないアナスタシアの方が、俺は好きだ」
「そうでございますか。それはそれは……嬉しゅうございますね」
口だけで、お礼を言う。実際の私は全く嬉しいなんて思っちゃいない。むしろ、迷惑だと思っている。……そもそも、中身が私じゃあ王太子妃は務まらないのだ。だから、離縁するに限る。今も結婚生活を続けているのは、アナスタシア自身のハイスペックさを見せつけているだけ。……私はそれ以上高望みはしない。高すぎる望みは身を滅ぼすから。ヒロインのように。
「心がこもっていないな」
「まさか。私は心の底からそう思っておりますわよ?」
ウィリアム様のお言葉に、私はそう返す。少し表情をつけたからか、ウィリアム様は私の言葉をアナスタシアの言葉だと思ってくださったようだ。……よかった。少し、安心。
「さて、本日は孤児院に行くんだったな。……お前の兄から話は聞いているが、孤児に手に職をつけさせたいとか何とか」
「えぇ、そちらの方が自立支援になりますからね。そして、この街も発展するでしょう。そもそも、この街が寂れているのには様々な理由があります。その一つが、若者が働ける場所がないから。それを作るのも大切です。あと、観光スポットも」
「……そうか。俺たちがあまりこの街を訪れていない間に、かなりひどい有様になっていたんだな」
「そこは、旦那様が反省するべきところではないのでしょうか?」
「わかっている。忙しいと言い訳なんて、している場合じゃなかった」
そんなウィリアム様のお言葉に、私は少しだけびっくりとしてしまう。ウィリアム様って、素直に己の非を認められるお方だったのね。いや、あまりにも興味がなさ過ぎてウィリアム様のことを詳しく知ろうとはしなかったのだ。そもそも、乙女ゲームの知識さえ曖昧だし。
「では、今から挽回すればいいのですわ。ほら、好感度がマイナスだと上がりやすいじゃないですか」
「それは、お前への好感度もか?」
「さぁ? そこは知りませんわね」
くすくすと声を上げて、アナスタシアらしく私は笑う。私ではなく、アナスタシア自身から見た好感度は明らかにプラスだ。でも、私からすればマイナス。
「まぁ、先ほどのは冗談ですわ。私は旦那様をお慕いしておりますもの。何かがなければ、離縁なんて考えないぐらいには」
「……そう、か」
まぁ、その何かがすでに起こっているんですけれどね……。心の中でそうつけ足しながら、私は窓の外に視線を向ける。そこには、相変わらず寂れた雰囲気の街があった。




