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悪役令嬢と兄の推測と共犯者


 ……狙われたのは、アナスタシアの命ではなく『記憶』。その意味は、はっきりとは分からない。でも、もしかしたら――私が、前世の記憶が蘇ったことに関係があるのかもしれない。


「実は王太子殿下からいろいろと情報を得ていた。……その中で、とある毒についてもあったんだ」

「……毒」

「あぁ、生死を彷徨う状態にはするが、決して殺しはしない毒。王家のお抱え薬師だけが作れる、特殊なものだ」


 そうおっしゃったお兄様は、私の肩に手を置かれると「お前は変わった」とおっしゃった。だから、私の心臓がドクンと大きな音を立てる。もしかしたら、中身が入れ替わったことに気が付かれてしまったのかな……という不安な気持ちが脳裏によぎる。


「その毒について、調べてもらった。そしたら、その毒が主に作用するのは命ではなく『記憶』だとあった」


 お兄様はそうおっしゃると、転移魔法でノートのようなものを引き寄せられる。……さすがはお兄様、高度な転移魔法もあっという間に使われるのね……って、素直に感心している場合ではない。


「その毒は、その人間の『奥底に眠る記憶』までをも掘り起こす。そして、記憶を『消す』ことも出来る」

「…………」

「悪いが、俺はお前をアナスタシアであってアナスタシアではない別の存在だと思っている。……確かに、アナスタシアのようなふるまいをしている。だが、覇気がない」


 私のことを見据えるお兄様の瞳が、すごく怖かった。お兄様の瞳に映ったアナスタシアは、ひどく動揺した表情をしていた。……思わず、つばを飲み込んだ。でも、バレるわけにはいかない。いろいろな意味で、大変なことになるから。王太子妃の中身が入れ替わっているなんて、醜聞どころの騒ぎじゃない。むしろ、それに気が付かなかった王家はかなりの恥をかくだろう。


「それ、は。記憶がこんがらがって、毒の所為で性格が変わってしまったから、だと思いますわ」

「……そうか。でもな、こういう領地経営をアナスタシアはあまり好きではない。同じ人間の根本の思考回路は一緒だ。だから、入れ替わっていると考えた方が無難じゃないか?」

「……アナスタシア様」


 マックスさんの、戸惑ったような声が聞こえる。……お兄様の推測は、正しい。いいや、正しすぎて反論の余地がない。でも、バレるわけにはいかない。だから、私はお兄様をじっと見つめ返した。……考えろ、考えろ。何か打つ手はあるはずだ。


「……私、は」


 焦って、口が何も紡げなくなる。なんと言えばいい? なんと言えば、お兄様の追及を回避できる? あぁ、ダメだ。いくらアナスタシアのハイスペックな頭でも、前世の記憶があってもお兄様には勝てそうにない。……さすがは、シュトラス公爵と言うべきか。


「奥底にある記憶を掘り起こせば、場合によっては別人のようになるそうだ。……ちなみに、俺が今ここで問い詰めているのは親切心からだ。本当だったら、別邸にたどり着いてから問い詰めるさ」

「……それ、は。どういう意味で……?」

「簡単だ。……ニーナやロイド、王太子殿下に知られないため。はっきりと言ってやる。――俺はお前の味方だ」


 そんなお兄様のお言葉に、私は瞳を見開いた。お兄様のことだ、アナスタシアではない私に価値などないとまでおっしゃって切り捨てると思っていた。なのに、お兄様は私の味方をしてくださろうとしている。……意味が、分からない。


「シルフィアやマックスの前で言ったのは、こいつらを巻き込んで共犯にするため。……悪いが、俺はお綺麗なことが大嫌いなんだ。……共犯者は、多い方に限る」


 お兄様のそのお言葉を聞いて、私はシルフィアさんとマックスさんに視線を移した。すると、二人とも「……共犯者」と言って茫然としている。そりゃそうだ。お兄様ワールド全開だから。付いていくのには苦労すると思う。


「さて、アナスタシアであってアナスタシアではない存在……というのも面倒だから、引き続きアナスタシアと呼ぶことにする。……ま、王太子殿下やニーナ、ロイドにはせいぜい気が付かれないようにしろ」

「……はい」

「いい子だ。それでいい。……いろいろと、バレたら面倒になるからな」


 一瞬にして優しくなった眼差しに、私は肯定の返事をすることしか出来なかった。シルフィアさんとマックスさんに視線を向ければ「仕方がない」とでも言いたげで。どうやら、お兄様と私の共犯者になることを決めたらしい。……うぅ、感謝してもし足りない。


「さて、キャンディ・シャイドルのことだが……ま、今の段階では放置するに限る」

「……それは、さすがに……」

「いいや、放置で良い。こっちからちょっかいを出せば、下手をすれば居場所がバレる。だったら、アナスタシアのやりたいことを先に終わらせた方が良い。その後――」


 ――キャンディ・シャイドルの後ろにいる人間を、探す方が良い。


 そのお兄様のお言葉に、私は頷くことしか出来なかった。……いずれ、このお兄様の背中に追いつけるのかなぁ。そう言う不安もあったけれど、今はこの背中が頼もしくて仕方がない。でも、絶対にいずれ追いつく。追いついて――追い越してみせるんだ。それがきっと、お兄様への一番の恩返しになるから。

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悪役令嬢離縁表紙


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