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悪役令嬢と緊急事態


「この先は大通りだな。飲食店などが並んでいるはずだ」

「……なんというか、やっぱり人が少ない、ですね……」


 私は辺りをきょろきょろと見渡しながら、そんなことを呟く。この街には確かに人を呼ぶ観光スポットがないので、観光客が少ないのはわかる。だけど、これは……少し。そう思ってしまうレベルだった。はぁ、いくら王家にお金が無いからと言って、こういうのはどうだろうか。後でお兄様にウィリアム様を絞ってもらおうかな。


「とりあえず、ここら辺を散策してみるか」


 そんなお兄様のお言葉に静かに頷くと、私は辺りを目的もなくぶらぶらとして見ることにした。目的無くうろつくのも新たな発見があって、いいものだ。そう思いながら私たちが街をうろつくこと一時間。……けたたましいベルの音が、聞こえた。


 それは、シルフィアさんの持つ通信機器の音だった。あれは、前世で言う携帯電話に近いものだ。ただし、スマートフォンではなく一昔前のガラケーと言われるタイプの形に近い。ちなみに、あの通信機器は緊急事態のとき以外には音が出ないことになっている。つまり……今、何かが起こっている。


「シルフィアさん?」


 私がそうつぶやいている間に、シルフィアさんは通信機器でどこかにいる相手と会話をしている。シルフィアさんは「はい」「わかりました」「そうですか」としか言葉を発していないため、何が起こっているのかは私には一切わからない。ただ、シルフィアさんの表情からかなりの出来事が起こっているということだけは、分かった。


「……アナスタシア様、シュトラス公爵。緊急事態、だそうです」


 シルフィアさんは通信機器を鞄の中にしまうと、私たちの方を真剣なまなざしで見つめる。その瞳には強い意志が宿っていて、私はごくりと唾をのんだ。……いったい、何だろうか。


「ウィリアム様の方にも、連絡が行っているはずですが……。とりあえず、手っ取り早く端折って説明をしましょう。まず、脱走者が現れました。いいえ、この場合は脱獄者と言った方が良いのかもしれません」


 そう言ったシルフィアさんは、一瞬だけ不安そうな視線を私に向けた。その視線から読み取れるのは……私に関連している人物が脱獄したということだろうか。シュトラス公爵家の身内に犯罪者はいない。つまり……それが指す意味は、きっとこういうこと。


「……キャンディ様、ですか?」


 ゆっくりとその名をかみしめるように言えば、シルフィアさんが頷いた。この世界のヒロイン「だった存在」キャンディ・シャイドル様。彼女はウィリアム様のルートを狙い……見事に失敗した。その結果、バッドエンドを迎えている。彼女は王太子を誑かそうとした罪で、幽閉されている……はずだった。


「えぇ、脱獄者はキャンディ・シャイドル。ちなみに、ですが……」

「何?」

「まず、キャンディ・シャイドルの狙いはアナスタシア様だということですね」


 シルフィアさんのその言葉は、私にも予想出来ることだった。それは、大方読めている。キャンディ様はきっと私を……いいや、アナスタシアを逆恨みするだろう、と。でも、キャンディ様が行動に移すのは明らかに「遅すぎる」。彼女が脱獄の方法を握っていたとすれば、彼女は幽閉されてすぐに脱獄していてもおかしくはない。じゃあ、なぜすぐに脱獄しなかったのか? それがさす意味はたった一つ。――誰かが、キャンディ様の脱獄を手引きしたということ。


「私が狙われるのは、分かるわ。大方、旦那様と聖女の座を奪われたことによる逆恨みでしょうから。……でも、問題は誰が手引きしたかということ、よね……」

「えぇ、そうなります。ただ……」

「ただ?」

「一つだけはっきりとしていることがあります。先ほど私も初めて知ったのですが、キャンディ・シャイドルが幽閉されていた塔の扉を開けられるのは、王家から信頼を寄せられている家臣、もしくは王家の人間だけだそうです」


 その言葉を聞いて、私の心に嫌な予感が駆け巡った。王家から信頼を寄せられている家臣だった場合は、まだいい。それは一種の裏切り行為になるけれど、その人間を排除すればすべてが終わる。だけど、それじゃあ済まない場合がある。それが……王家の人間が犯人だった場合、ということ。


「ウィリアム様は、こちらにいるので手引きをするのは無理になります。なので、自然と犯人から外れます」

「……そう、よね」


 そんなシルフィアさんの言葉に、私は少しだけホッとした。ウィリアム様に情なんて持っていないはずなのに。なのに、なんでそう思ってしまったのか。その気持ちの真意は、私自身でも分からない。


「……なぁ、シルフィア。俺には、少しだけ不可解に思っていることがあるんだ」


 私とシルフィアさんが会話をしていると、先ほどから不自然なほどに黙っていらっしゃったお兄様が、ポツリと言葉を零した。そして、その後私をまっすぐに見つめてきた。その視線は、何故か居心地が悪かった。


「……何でしょうか?」

「あの女を解放すれば、間違いなくアナスタシアを傷つけに現れるだろう。あの女がアナスタシアを殺そうとするのは間違いない。だが……裏の人間は、お前を殺すつもりはなさそうだ」

「どういうこと、ですか?」

「はっきりと断言しよう、アナスタシア。お前は――毒を盛られて殺されかけたと思っているようだが、実際は違う」


 ――狙いはお前の命じゃなくて、お前の『記憶』だ。


 そうおっしゃったお兄様のお言葉の意味は、私にはよく分からなかった。

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悪役令嬢離縁表紙


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