悪役令嬢の選択
「……シルフィア」
「師匠、分かっていますよ。私ごときが口を出す問題じゃないって、私だってわかっていますし、私なりに全力で守らせていただくつもりです。ですが、何かあってからでは遅いんです。……相手の正体が見えない以上、安全策を取るのは自然なことだと思います」
マックスさんに、そう語るシルフィアさん。……私も、彼女の言うことが尤もだと思う。もしも私に何かがあって責任を取らされるのは、シルフィアさんやマックスさんの方だ。だから、私は大人しくしているに限る。でも、大人しくしていたらいつまで経っても犯人というか黒幕が見えない。相手がかなり慎重だった場合、私はずっとその相手に怯えることになってしまう。
毒を盛られて、生死を彷徨った。敵兵に襲われて、危険な目に遭った。そして、この監視。間違いなく、相手の狙いはアナスタシアだろう。……私が引きこもれば安全になるのもわかる。でも、私が行動しなくちゃ黒幕をいち早く見い出せない。
「シルフィアさんの言うことは、尤もだと思います。だって、私が狙われているんですから」
「……アナスタシア様」
「ですが、私は引っ込むことはできません。だって、ここで私が引っ込めばずっとその相手に怯えて過ごすことになるんです。手っ取り早く解決して、いろいろな意味で平和を取り戻すには私が表に出ている方が良いんです。世に言う、囮ですよ」
騎士団や王宮の人たちは総力して黒幕を探してくれるだろう。でも、そう簡単に見つかりそうにない。それだけは、分かる。だったら、私が囮になるのが一番だ。もしも相手の狙いが私とウィリアム様の離縁ならば、そのお願いは叶えられると思うし。それで平和な毎日が取り戻せるのならば、些細な犠牲は構わない。
「囮って、下手すれば死ぬって言うことですよ? それでも、良いんですか?」
「確かにそうよ。でも、私はただでは死なないわ。だって、生死を彷徨って一度は戻ってきた人間なんだもの。その分、強くなっていて当然よ」
生死を彷徨って得たのはチートな能力ではなく、前世の記憶。でも、それは限りなくチートに近いだろう。前世の記憶を生かせば、この世界でも一財産築くことが出来るだろうし。……って、今はそう言うことじゃない。
「私は死なない。後々に自由な生活を送るために、ここで死ぬわけにはいかないの。それに、王太子妃は身を以て国の平和を守らなくちゃいけないと思うのよ。それで死んだらいっそ、名誉の死って言うことにしてもらうわ」
私はそう言ってその場にしゃがみこむ。いろいろと思うことはあるけれど、結局私は生まれ変わっても責任感が強いらしい。ただ微笑んでいるだけの次期王妃なんて、絶対にごめんだわ。もっと自分で動いて、この国を良くしたい。いつしか、そう思うようになっていた。
「……そう、ですか……って、ちょっと待ってください! 後々自由な生活を送るってどういうことですか?」
「あぁ、ごめんなさい。口が滑ったわ。このことはどうか気にしないで」
「いや! 気になりますってば!」
シルフィアさんが、私に詰め寄ってきてそう言う。でも、その表情は先ほどまでとは違いかなり柔らかくなっている。……気を、ほぐせたかな。人間って、ピンチになるとかなり気が張るのよね。でも、気を張ったままだと大切なことに気が付けないこともある。だから、自然体でいることが重要なのよ。
「……シルフィア。アナスタシア様にあまり詰め寄ってはいけませんよ」
「は~い、師匠」
そう言って、マックスさんがシルフィアさんの肩に手を置く。その際、私は驚いてしまった。ちらりと見えたシルフィアさんの頬が……赤く染まっていたから。もしかしてだけれど、シルフィアさんってマックスさんのことが好きなんじゃないの? いや、間違いなくそうだわ。だって、今マックスさんを見ている彼女の瞳は、間違いなく恋する乙女の瞳そのものだもの。……気を張って、気が付かないことがあったのは私の方か。
(でもまぁ、マックスさんってかなり鈍そうよね……)
しかし、すぐにそう思い直す。マックスさんは何処かのほほんとしている。仕事は出来るけれど、プライベートではドジも多いらしい。まぁ、プライベートな生活は一切知らないんだけれど。でも、独身って言うことだけは知っているわ。
(だけど、あの二人って結構お似合いかもなぁ……)
そう、思った。実際、美男美女のカップルになるだろうし。最高じゃない。……私とウィリアム様とは違うわ。あぁ、私もあんな風に恋がしたかった……かもしれないわ。今更、遅いんだけれども。
(お兄様も、そう言えばいずれは結婚するのよね……)
そして、何故かふとそう思ってしまう。お兄様はシスコンだけれど、とても良い人だ。それに、身分も申し分ない。きっと、素敵な人と結婚する。
なんだか、そう思ったら寂しくなってしまった。私だけのお兄様じゃないって、分かっているのに。魔王様になる部分を除けば、私はお兄様のことが好きだし。
「アナスタシア!」
そんなことを考えていると、お兄様が私たちの方に駆け寄ってきてくださる。どうやら、細かいところを詰める作業は終わったようだ。
「アナスタシア。あまり時間が無いからな、そろそろ街に出向こう」
そして、そうおっしゃって手を差し出してくださる。だから、私は何の躊躇いもなくお兄様の手に自分の手を重ねた。ウィリアム様よりも、ずっと有能なお兄様。いずれは、素敵な妻を迎える。でも、それまでは――……。
(私が、お兄様の一番でいてもいいわよね?)
その感情は、きっと私の奥底に眠っているアナスタシア自身の気持ち……だったのだろう。




