悪役令嬢は学ぶ
☆☆
「よし、まずは手っ取り早くいろいろと勉強しますか」
侍医に動く許可を貰ってからすぐに私はそう決めて、王宮内にある巨大な図書館に入り浸るようになった。このキストラー王国の王宮には巨大な図書館があり、その規模は王国一とも呼ばれている。ただし、王家の関係者か王宮に務めている研究員ぐらいしか入れないのよね。まぁ、私は一応王太子妃だから問答無用で入れるんだけれど。そう言えば、ウィリアム様は結局一度もお見舞いには来なかったわね。まぁ、良いんだけれどさ。
「えーっと……今日は」
そうつぶやきながら、私は数冊の本を本棚から取り出す。内容はこの国の歴史や聖女の歴史についてだ。アナスタシアとして一応学んではいるため、知識だけは膨大にある。しかし、裏付けが不十分。ここでしっかりと裏付けをしておきたい。多分将来の役に立つだろうから。そう思って、私は図書館に来たのだ。ここ数日でしっかりとアナスタシアの知識の裏付けはきちんととった。毒で記憶がこんがらがっているかと思ったけれど、そんなことはなくて一安心だ。
「……ふぅ、大体ゲーム通りかしら」
私が持っているゲームの知識と、この国の歴史も大体合致していた。とはいっても、私は大したゲームの知識を持っていないのだけれど。まぁ、そこはご愛嬌だ。そう思いながら、私は肩をまわす。あ~、肩凝ったわぁ。アナスタシアの身体は若いけれど、それでもずっとデスクワークをしていると肩が凝るのよ。
「あ、アナスタシア様!」
「マックスさん」
そんなことをしていると、一人の男性が私に話しかけてくる。相変わらずアナスタシアが自分の名前だとは思えないわね。だから、相変わらず反応が遅れてしまう。ここら辺も後々直しておかなくちゃね。
私に声をかけてきたのは、この図書館の司書であるマックスさんだった。人のよさそうな顔立ちと、黒縁の眼鏡が特徴的な若い男性。……というか、さすがはゲームの世界よね。この時代にも眼鏡があるんだから。こういうところを見ると、元がファンタジーだって実感するわ。
マックスさんはこの巨大な図書館を一人で管理している。元々はもう一人いたらしいのだけれど、その人は研究部署の方に異動したとかなんとか。アナスタシアはこういうことには興味がなかったから、私もよく知らないのだけれど。
「今日もお疲れ様です。最近、無理をしていませんか?」
「あら、私これでも丈夫なのよ。毒を盛られても生きているぐらいだもの」
「……そう言う自虐ネタはどう反応したらいいか分からないので、控えていただけると幸いです」
私の言葉に苦笑を浮かべながら、そんなことを言うマックスさん。初めに私がここに来た時は、結構ぎこちない笑みを浮かべていたというのに今ではすっかり打ち解けたわね。まぁ、アナスタシアは容姿からして近寄りがたいオーラがあるからなぁ。それに苛烈な性格も合わさって人を寄せ付けなかったのだ。でも、ニーナに頼んで出来る限り取っつきやすいメイクやコーディネートにしてもらっているからか、最近ではアナスタシアに怯える人も少なくなった。
「そうそう。これ、この間頼まれていた古書です。返却の際は俺に直接手渡してくださいね。貴重なものですので」
「あぁ、ありがとう」
マックスさんは数冊の古書を私に手渡すと、仕事に戻っていく。この本に書かれてあるのは主に聖女のことである。アナスタシアはこの乙女ゲームのエンディングで聖女の一人に選ばれているけれど、まだ聖女として活動をしたことはない。まぁ、今回調べるのは聖女の歴史についてがメインだから、仕事はほとんど関係ないのだけれど。
(……キストラー王国の聖女)
そう心の中でつぶやきながら、私は古書を一ページ捲った。古い本の独特の香りが鼻腔をくすぐり、気持ちが落ち着く。あ、そう言えばこの世界の本の保存技術は素晴らしいものなのよね。これも魔法があるからなせることなのだろう。
そう思いながら、私は古書を読み進めていく。幸いにも、アナスタシアは古の文字もある程度読めるのだ。なんというチートな悪役令嬢だろうか。
その後、私は無言で古書を読み進めていく。前世から速読は得意だったのだけれど、アナスタシアには遠く及ばない。分厚い一冊を一時間もかからずに読み終えてしまった。しかも、圧倒的に覚えが良い。何この身体、やっぱりチートじゃない。
「アナスタシア様、そろそろ……」
「あぁ、ニーナ。もうそんな時間なのね」
ふと声をかけられて、私が顔を上げるとそこには相変わらず可愛らしいニーナがいた。そして、恐る恐るといった風に私に声をかけてくる。その声と表情は、まるで小動物でとても可愛らしい。あぁ、愛でたい。って、そうじゃない。
(今日は、前世の記憶が蘇ってから初めてのウィリアム様との対面なのよね)
本日の夕食の席で、私は前世の記憶が蘇ってから初めて旦那様であるウィリアム様と対面することになっている。前世で言う快気祝いとかそう言うことだ。そもそも、アナスタシアに毒を盛った人物はまだ見つかっていないから、そこまで大きなことはしないのだけれど。
(……気が重いわねぇ)
最近、侍従たちとは打ち解けてきた。しかし、ウィリアム様とは未だに全くだ。むしろ、会おうともしていない。あちらもあちらで、私を疎んでいるのだろうな。だって、ここまで会いに来ないとさすがにそれは感じ取っちゃうわよ。
「……行きましょうか。まずは、着替えね」
私はそう言ってゆっくりと立ち上がる。古書は幸いにも持ち帰る許可は得ているから、私の部屋の金庫にでも入れておきましょう。それから、ゆっくりと読み込んでおこう。
(……はぁ、どうせ離縁するっていうのに、面倒だわ)
そう思いながら、私はゆっくりと図書館を出ていく。出ていく際、マックスさんと視線が交わり彼は朗らかな笑みを浮かべながら私に手を振ってくれた。だから、私もこっそりと手を振り返す。あぁ、癒し系ってこういう人のことを言うのね。私はそう思いながら、ニーナを連れて自室に戻るのだった。