悪役令嬢は監視されている
「……はぁ、お兄様のバカ……」
「まぁまぁ、アナスタシア様。そう気を落とさないでくださいませ。シュトラス公爵にもいろいろな考えがおありなのでしょうから……」
「それはわかっているわ。お兄様は無駄なことをしない性格。だからこそ、こういう二手に別れるという選択肢を取られたのよ」
目の前に広々と広がる山々を見つめながら、私はそんなことをマックスさんに愚痴る。今私とマックスさん、シルフィアさんの三人はダフィールド果樹園の内部を見学していた。お兄様はその間にデニスさんと小さなことを詰めるとか何とか。デニスさんは私の提案を聞いて「やるだけやってみるか」という気になってくれたらしく、協力してもらえるそうだ。でも、大体のことは私とお兄様、マックスさんでやらなくてはならない。それに、お兄様の時間には限りがある。シュトラス公爵としてのお仕事もあるから、長居は出来ないのだ。
「とりあえず、果樹園の見学をしましょう。……ビニールハウスごとにりんごの種類が違うのよね」
「えぇ、そのようです。ちなみに、王道なのはこのビニールハウスのリュミエールという品種らしいですよ」
マックスさんは自身の手帳を見つめながら、そんなことを言う。あの手帳、何が書いてあるのかすごく気になるのだけれど、マックスさんは全く見せてくれない。ただ「字が汚いので」というだけだ。……人間、そう言うことを言われると余計に気になっちゃうのにね。
「リュミエールは甘さがほかのりんごよりも良く、生食に向いているそうですよ。あと、一番値段が手ごろです。なんでも、育てやすくて量産しやすいとか……」
「そう。じゃあ、ここは見学のスポットの候補ね。あまり栽培が難しいものとか、量産がしにくいものの場所は見学には向かないわ。なんといっても、些細なことで枯れてしまうから」
この世界の農作物はとても繊細だ。土に籠る魔力の種類や量が合わないだけでも、簡単に枯れてしまうものもあるぐらいなのだから。その点リュミエールは良いわね。美味しくて育てやすくて量産しやすくて手ごろな値段。完璧だわ。
「スイーツ作りに一番向いているのはどれかしら? できれば量産しやすくて値段が手ごろなものが良いのだけれど……」
「そうですねぇ……。その観点から言えばリュミエールが一番ですが、一番スイーツに合うのはエトワールという種類ですね。ケーキなどに使われていますから」
……マックスさん、なんでそこまで調べているの? そう思ったけれど、素直にありがたい情報だったので「ありがとう」と素直に言うだけにとどめておく。……正直、りんごの種類なんて料理人か栽培に関わる人しか知らないと思っていたわ。あぁ、反省。これじゃあだめね。これからはきちんと些細な情報でも、領地に関することならば頭に入れておくべきだわ。
「……綺麗ね」
そんな時、ふと私はそんな言葉を零してしまう。りんごが実った木々を見つめていると、いろいろなことを思い出してしまった。でも、その考えを振り払う。感傷に浸るにはまだまだ早すぎる。私はここで頑張るんだから。お兄様に認めていただかないと、何も始まらないし。
「あ、アナスタシア様。この後試食をしてみるのはいかがでしょうか? やはり、味をきちんと確かめた方が良いと思うのです。本で得た知識だけでは、どうにもならないこともあるので……」
「……そうね。それはそうだわ。じゃあ、後でデニスさんに頼んでみましょうか」
そう言って、私たちはリュミエールのビニールハウスを出ていく。そして、次にエトワールが実っているというビニールハウスを見学することにしたのだけれど……。
「……ねぇ、シルフィアさん。今、何か人影が見えなかった?」
ふと、私の目の前を人影のようなものが横切ったような気がしたのだ。その動きはとても素早くて。影しか見えなかったけれど、あれは多分人。動物の動きじゃない。
「何かが横切ったのは見えました。ですが……人影かどうかは分からないですね。とりあえず、私が見てくるのでアナスタシア様は師匠と待機していてください」
「……大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です~」
そんな言葉を残して、シルフィアさんは先ほど影が横切った方向に近づいていく。この心配が、無用で終わればいいのだけれど。そう思いながら私がそちらを見つめていると、ビニールハウスとビニールハウスのちょうど間から、大きな爆発が起こった。……あの場所、シルフィアさんが向かった場所と近いわ。
「マックスさん!」
「アナスタシア様、動かないで。とりあえず、待機しましょう。もしも敵兵だとすれば、狙いは間違いなくアナスタシア様です」
声を荒げる私を、マックスさんは冷静に諭してくれる。……また、敵兵が襲撃してきたの? そう思いながら、私がただその場で立ち尽くしていると、シルフィアさんがこちらに駆けてきた。よかった、無事なのね。そう思うけれど、服は何処か汚れており何かがあったのではないかと不安になってしまう。
「襲撃者、ではありませんでした。ですが、間違いなく敵ですよ」
そう言って、シルフィアさんは一つの魔道具を見せてくれた。魔道具とは、この世界にある魔力で動く便利な道具のことである。前世で言う家電のようなもの。
「その根拠は?」
「この魔道具、どこかと通信がつながっています。間違いなく、アナスタシア様を監視していたのだと思います。……ですが、通信相手と場所はわかりません」
シルフィアさんがそんなことを言って魔道具を地面に置くと、勢いよく踏みつけた。それからかかとでゴリゴリと潰し、その魔道具の破片となったものを回収する。そう言えば、魔道具は破片を分析しただけでも、ある程度の情報が得られるんだっけ。
「正直、分析しても何も出ない可能性が高いと思います。この魔道具、かなり細工が施してありますから。これ、かなり高度な技術を持った人間が行っていますね」
そう言ったシルフィアさんは、私のことをまっすぐに見つめてくる。そして――。
「忠告ですけれど、アナスタシア様は安全な場所で待機した方が良いと思います、私は」
そう、私に忠告してくれたのだった。




