悪役令嬢の考え
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「アナスタシア様。落ちますから少し落ち着きましょ~」
シルフィアさんが私の行動を見てそんなことを言う。でも、私の瞳はそんなことはお構いなしとばかりにキラキラと輝いていたと思う。これじゃあ、アナスタシアらしくないかも、と思ったけれどアナスタシアは興味のあることには熱心な性格だった。だから、問題ないだろう。
走る馬車の窓から外を見つめれば、そこには果樹園が広がっていた。ある程度はビニールで覆われているから、どういう果実が実っているかは分からないけれど、多分りんごだと思う。ここの名産品だしね。
「お兄様、この後まずは何処に向かうのですか?」
私は外からお兄様に視線を移し、そんなことを尋ねる。お兄様は何やら本を読んでおり、その姿はとても美しかった。いや、妹の贔屓目を抜いてもお兄様は美形だわ。さすがは乙女ゲームの攻略対象というだけはある。いや、メインヒーローではないのだけれど。前世の妹曰く、お兄様はウィリアム様の隣が立ち位置だったようだから。
「あぁ、とりあえずはこの果樹園の管理人の元に向かおうと思う。いろいろと、話を聞いた方がやりやすいだろうからな。その後、街に行こう。街の状態を見てどういう風に支援をしていくかを決める。それが一番やりやすいだろう」
「そうですね、それには俺も賛成です」
お兄様のお言葉に、マックスさんも賛成する。だったら、私が異議を唱えることはない。こういう時は慣れている人に従うのが一番なのだ。慣れている人に指導してもらい、その後慣れてから自分なりの要素を入れる。お菓子作りと一緒。お菓子作りもはじめはレシピ通りにするから。……大体お菓子作りで失敗するのは、初めからオリジナルで行こうとするからなのだ。
(……やっぱり、りんごを使ったスイーツを……手ごろなアップルパイを広めたいわね)
前世の私はお菓子を作ることが比較的好きだった。食べるのはもっぱら妹と友人だったけれど。前世の私には特に親しい二人の友人がおり、彼女たちに振る舞っていた。片方は私よりも料理全般が上手かったけれど、もう片方は料理オンチだと言われていたっけ。それこそ、卵焼きを作ろうとして黒焦げの物体が出来るぐらい。……高校時代、家庭科の授業であれを見た私は思ったものだ。
――どうやったらあんなものが出来るんだ? と。
(あぁ、懐かしくなっちゃったわね。でも、今は彼女たちのことを思い出すのは止めておきましょう)
彼女たちのことを思い出せば、必ず辛くなってしまう。もう会えないという現実が、重くのしかかってくる。だから、私は彼女たちのことは胸の奥底にしまうのだ。今の私は、アナスタシアだから。
「さて、まずはだがアナスタシアが考える領地経営でも聞こうか」
「……今からですか?」
「あぁ、管理人の元に着くまでまだ二十分はあるからな。暇だし」
そうおっしゃったお兄様は、本をぱたりと閉じられる。……うぅ、こんな領地経営のプロみたいな人に私の未熟な考えを披露するのはかなり辛いけれど、それでもこれは乗り越えなければいけない試練のようなものだ。アナスタシアのハイスペックさを見せつけてからの離縁。それが、私の目的だもの。
「じゃあ、お話します」
私はそう前置きをして、私なりの考えをお兄様とマックスさんに伝えた。シルフィアさんも聞いてはいたようだけれど、何が何やらさっぱりな様子。でも、それでもいい。人には得意不得意があるのだから。
私が話したのは、まずりんごを使ったスイーツを充実させることだった。りんごは美味しいものだ。でも、食べられ方が限られている。そこが惜しい。食べ方が増えれば、それだけ需要も高まる。料理にも使えるだろうけれど、生憎私にはそちら方面の知識がない。だったら、まずは少しでも知識のあるスイーツから、と思ったのだ。
「……アップルパイ、な。手ごろに食べられる価格に設定するのは良いとして、原材料費は?」
「それは……まずは別の方法で作ればいいと思います。例えば、観光収入とか」
果樹園を見つめながら、私はそんなことを言う。この土地には観光地と呼べる場所がない。しかし、それはこの世界での考え方に固執しているからだ。前世のように考えれば……ここには立派な観光地がある。
「だが、この土地には生憎だが観光地になりそうな場所はない。作るような費用もない」
「はい、だから今あるものを利用するんです。……ここにはたくさんあるじゃないですか」
そう言って、私は果樹園を指さす。前世にはいちご狩りやりんご狩りというものがあった。だから、それを応用すればいいのだ。そうすれば、立派な観光の収入になるだろう。
「果樹園を見学してもらうんです。それから、りんごをいくつかお土産として手渡せば、それ相応に収入になると思います。もちろん、見学料をいただきます」
「……それで」
「その収入でアップルパイの原材料費を始めの方は工面します。軌道に乗れば、アップルパイはアップルパイだけで、観光は観光だけで独立できるはずです」
正直に言えば、上手くできているかは全く分からない。それに、初めはどちらも頼りないだろう。だからこそ、上手く支え合えばいいのだ。そして、成長したら両方独立させる。それが、私が考えた方法。
「……そうか。まぁ、合格点といったレベルだな。上手く行くかは分からないが、俺も協力しよう。尻拭いはしてやるさ」
「お兄様、私が初めから失敗すると思っていらっしゃるのでは?」
「失敗は成功の元だ」
冷静にそうおっしゃるお兄様を見て、私はちょっと不貞腐れてしまった。こうなったら、何が何でも成功させてやろうじゃない! そして、ウィリアム様と絶対離縁してやるんだから! あんな事故物件と一生を添い遂げるのは嫌なのよ! そう言う理由、追加されています。
私はそう決意を固めて、大きく深呼吸をしたのだった。




