悪役令嬢の計画
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「アナスタシア様。昨夜はゆっくりと眠られましたか?」
「うーん、まぁまぁってところかしらね」
翌日の朝。私を起こしに来たニーナにそう言葉を返して、私は大きく伸びをした。ニーナが部屋のカーテンを開けると、外の空は雲がまばらにあるだけ。うん、天気はどうやら良好のようね。
「そう言えば、アナスタシア様。本日は領地を見て回るんですよね?」
「えぇ、そのつもりよ」
とりあえず、領地を知らないと何もできない。ということで、私は本日お兄様とマックスさん、それからシルフィアさんの四人で領地を見て回ることになっていた。ウィリアム様は何やらこちらでも王太子の仕事があるらしく、別行動だ。ロイドとニーナに関してはこちらの侍従の手伝いをすることになっている。だから、二人も別行動。二人とも不満そうだったけれど、私がお願いしたら一瞬で納得してくれた。ふふっ、美少女って最強ね。
「この土地は果物の栽培がメインのようなのよね。だから、その果物を使って何か作れないかって私は考えているの」
この領地はあまり野菜の栽培には向いていない土らしい。しかし、果物を栽培するには適していたらしく、百年ぐらい前から果樹栽培がメインになったそうだ。それは、ウィリアム様から頂いた領地の資料に載っていたわ。メインは前世の世界にもあったりんご。でも、この世界では果物の使い道が少ない。だから、結局あまりお金にならないのだ。
「それに、観光業も問題よね。ほとんどの土地が果樹栽培に使われているから、観光の地がないの。観光業が収入としては大きいはずだから、そこらへんも整えていきたいわ」
でも、観光スポットを作るには莫大な資金と時間がかかる。だから、手っ取り早く観光スポットになりそうな場所を探すしかないのだ。まぁ、大方目星は付けているのだけれど。でも、それを観光スポットにするためには、その土地の主の許可がいる。この世界では新しいことだから、上手く行く保証がない。だから、きっと土地の主も渋るだろう。そこまで、見えている。
「……そうなんですね。そう言えば、王宮の料理人が新しいスイーツを作りたいって言っていましたよ。なので、どうせだったらここの名産であるりんごを使ってレシピを考えたらどうですか? と言ってみたのですが……」
「そうねぇ……」
りんごを使ったスイーツ。ケーキに乗せるのがこの世界では一般的なんだっけ。ケーキやタルトに載せて楽しむもの。それか、生で食べる。その二択なのよね、この世界でのりんごって。……うーん。
(そう言えば、この世界ではお手軽なアップルパイやら焼きりんごとかを見たことがないわね……)
アナスタシアとして生きてきた記憶を引っ張り出して、ふとそんなことを思う。この世界のアップルパイとは、お金持ちが食べる印象が強い高級なスイーツだ。でも、前世では気軽に食べられるものもあった。ここら辺、何とかうまく使えないだろうか? あと、焼きりんご。アップルパイは調理の工程がややこしいけれど、焼きりんごならばそれよりは早く作り方を習得できるのではないだろうか。
「……りんご。あとは適当な果物を見繕ってみるか」
この世界はファンタジーな世界だけれど、前世で言うビニールハウス的なものがあるのだ。まぁ、中は魔法で管理されていて気温が調整されているため、年中同じ気温を保てるという全くの別物なのだけれど。似ているのは外見だけ。そう、つまりこの世界では土さえ合えば年中同じ作物が取り放題。簡単に言えば、りんごが年中収穫できるのだ。
「まぁ、そこらへんは果樹栽培の見学に行ったときに見ればいいか。とりあえず、りんごを使うことをお兄様に提案しなくちゃね。お兄様だったら、きっとうまく交渉してくれるわ」
元より、こういう場にはお兄様の方が慣れているのだ。マックスさんも結構こういうことをしているらしいけれど、やっぱり権力のあるお兄様の方が舐められないだろう。それに、あのお兄様は性格が魔王様だから。多分、自分の都合のいいように会話を進めるだろう。
「あ、そう言えばアナスタシア様。食事に関してなんですが、マックスさんとシルフィアさんは別の場所で取るらしいですよ」
「……ちょっと待って。それって、私とお兄様と旦那様が一緒に食事をするっていうことにならない……?」
「そうですね。私もロイドも使用人の食堂で食べますから」
……ニーナの何気ないそんな言葉に、私は唖然としてしまった。お兄様は良い。別に全然構わない。だって、血のつながった家族だし。でも……仮にも旦那様とはいえ、ウィリアム様とのお食事は嫌だ。気を遣って食事どころじゃない。出来れば、したくない。
「え、えーっと……私、今日はお腹の調子が……」
「調子が悪いのでしたら、マテウス様に報告しなければなりませんね」
「やめて! それだけはどうかやめて! もう元気だから!」
お兄様に報告なんてされたら、今日の領地見学も延期になってしまうだろう。出来れば、今日中に領地見学だけは済ませておきたいのだ。そう思って、私は仮病を瞬時に取り下げて、ニーナに縋った。どうか、お兄様にだけは黙っておいてくださいな。視線でも、そう訴えていた。




