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王太子の戸惑いとある人間の狂気(ウィリアム視点)


☆☆


 いつから彼女のことをしっかりと見なくなったのかは覚えていない。初めは抱いていたはずの好意も、婚約する頃にはすっかりと冷めてしまって。天真爛漫な聖女候補が俺に近づいてきた時、彼女はとんでもないほど怒りを露わにした。それを見たとき……冷めるを通り越して嫌悪感を抱いた。それからいろいろなことが重なり、俺はすっかり女性不信をこじらせてしまっていたのだけれど――……。


「……アナスタシア様が、アナスタシア様がっ!」


 そう言って、俺を睨みつけてくるのは俺の妃であるアナスタシアがずっとそばに置いている侍女だった。名前は確かニーナ。この侍女はアナスタシアに忠誠を誓っており、彼女を蔑ろにする俺を嫌っていた。それなのに縋ってくるということは、何かとんでもないことが起きてしまったということだろう。


「何があった?」


 俺が冷静にそう返せば、侍女は俺を睨みつける視線をさらに強くした。まるで、俺の所為だとでも言うように。普通ならば不敬罪で問うことも出来るのだろうが、生憎俺はそんなことをするつもりは一切ない。『氷の王太子』などという異名で呼ばれていても、結局はお人好し王家の血が入っているということだろう。


「アナスタシア様が、毒を盛られました。命が、危ないということです」


 侍女は、それだけを言って俺の元を走り去っていった。その瞬間、何故か俺の胸には確かに痛みが走った。アナスタシアになど、とっくの昔に愛想を尽かしていたはずなのに。アナスタシアのことで悲しむなんて、ありえない。あるとしても、アイツの兄であるシュトラス公爵に絞られるから、ということだけのはずだろうに。


(……関係ない、関係ない)


 自分にそう言い聞かせていた。アナスタシアは、確かに苛烈な性格だった。だが、本当にそうだろうか? 高位貴族など腹に一物抱えていてもおかしくないのだ。俺が一番気を許しているシュトラス公爵でさえ、そうなのだから。ましてや、アナスタシアはあのシュトラス公爵の実の妹なのだから。


「……くそっ」


 そう思い込んでも、俺の心はざわつく。思い返せば、アナスタシアの行動原理は好意が大半を占めていたのだろう。そもそも、俺がアナスタシアを好かなくなったのは、勝手に裏切られたと思ったからではないのだろうか。初恋を裏切られたと、勝手に被害妄想をしてしまっただけなのではないだろうか。そんな考えが脳裏をよぎるが、答えは導き出せない。今は、そんなことを考えるよりも重要なことがある。アナスタシアの命が、懸かっているのだ。


(王太子妃が毒殺など、醜聞が悪い。そうだ、そう言うことだ)


 俺は必死にそう自分に言い聞かせ、とりあえずとばかりに王家のお抱え薬師の元に向かう。解毒剤を作ってもらわなくては。もしかしたらあの侍女がすでに手をまわしている可能性もあるが、俺の方が毒には詳しい。幼い頃から、毒の知識や耐性はたっぷりと植え付けられてきた。……それにしても、なぜアナスタシアは毒を盛られたのだろうか?


(殺すのならば、事故に見せかけて殺した方がよっぽど確実だ。そもそも、この国では毒でも死亡率は低い。じゃあ、本当の目的は殺害ではないのか?)


 この国では聖女がいる。だから、毒で死ぬ可能性は低い。だが、あの侍女は「命が危ない」と言っていた。……そう言えば、「生死を彷徨わせるものの、決して死なない毒」というものがあったはずだ。……まさか、な。


「……アイツは、いろいろな筋から恨まれている。だから、毒殺されかけたんだ」


 そう自分に言い聞かせる。毒で殺されかけたからと言って、変な勘繰りをする必要はない。そうだ、そうに決まっている。


「兄上」


 俺がそう考えながら薬師の元に向かっていると、不意にそんな明るい声がかけられる。男にしては高い声。そして、俺を「兄上」などと呼ぶのはこの世で一人しかいない。俺の弟で第二王子のジェレミーだけだ。


「ジェレミー。俺は忙しいんだ。お前の相手をしている暇はない」


 そう言って、ジェレミーの横を通り過ぎようとする。ジェレミーはいつものように人の良い笑みを浮かべていた。人の気も知らないで。そう思いながらも、横を通り過ぎる際にちらりとジェレミーの表情を盗み見た。その瞬間……得体の知れない寒さが、背筋を伝った。


(コイツ、こんな表情を浮かべるような奴だったか……?)


 いつも人の良い笑みをを浮かべているジェレミー。優しく、理想の王子と名高いジェレミー。俺は、弟のそんな顔しか知らなかった。だから――……。


「面白いことになりそうだよ、兄上」


 そんな言葉を言って、妖しく笑うコイツの顔を俺はこの時初めて見た。その表情は、まるで悪魔にも見えてしまう。それでも、気のせいだと思うことにした。そう思い込むことにしたのは、家族だからなんていう甘ったれた感情からだったのかもしれない。そして、コイツがそんなことをするはずがないという思い込みが原因なのかもしれない。


「……全部、ぜーんぶ俺が潰してあげる。兄上のところから、彼女を奪い去ってみせる」


 だから、俺にはそんな言葉は聞こえていなかった。もしもこの時、コイツの狂気に気が付けていたならば……コイツの陰謀は失敗していたはずなのに。そう思ったら、後から湧き上がってくるのは激しい後悔だけだった。

このお話のラスボス(黒幕的存在)の登場(´・ω・`)ジェレミーは所謂「ヤンデレ」になります。彼がどう関係してくるのかはまだ先で。


また、次回から第二章です(o_ _)o))

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悪役令嬢離縁表紙


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