悪役令嬢と意外な告白
「……頭おかしいんじゃないですか?」
そう口走ってしまった後、私はハッとして自分の口を押えた。あぁ、アナスタシアだったらこんなことは言わないのに。毒で性格が「穏やかな方向に」変わったという自分で決めた設定上、こういう暴言は言ってはいけないことなのだ。だから、私は今の発言を誤魔化すかのように「ごほん」とだけ咳ばらいをする。そして、恐る恐るウィリアム様の表情を窺えば、ウィリアム様は少しだけ穏やかな表情になっておられた。……わざとらしいとでも、おっしゃりたいのだろうか?
「まぁ、自分でもそれは理解している。なぜあんなにも疎んでいたアナスタシアに興味を持つのかも、本当のところあまりよくわかっていないんだ。俺たちはずっと前に自分たちの意思を無視され、利害の一致だけで婚約をさせられた関係だったからな」
「……そうでしたね」
「だから、アナスタシアと婚姻しても俺にとってお前は『ビジネス上のパートナー』という印象が強かった。お前は王太子妃としては優秀だったからな」
ウィリアム様のそんなお言葉に、私はただ頷く。アナスタシアは優秀な女性だ。呑み込みも早いし、与えられた仕事は予想以上のレベルでこなしていく。その苛烈な性格を除けば、「令嬢の鑑」とも呼ばれていた。幼い頃からそんな風に天才肌だったので、アナスタシアはウィリアム様の婚約者に選ばれたのだろう。まぁ、それは理由の一つでしかないのだろうが。一番は、ウィリアム様が一番心を許している人の妹だったから、ということだろうな。心を許している人の妹ならば、まだ良好な関係が築けると国王様は思われたのだろう。
「だが、プライベートでも一緒にいるのは徐々に嫌になった。なぜならば、お前は鬱陶しかったからな」
「そうですね。私も今思えば自分の行動は鬱陶しいと思いますわ」
アナスタシアのウィリアム様への好意は突き抜けていた。それは、一種の執着にも見えてしまう。少々やりすぎなのではないか、と今ならば思える。でも、アナスタシアとしての記憶も保有している以上思ってしまうのだ。アナスタシアは、引けなかったのだと。ヒロインのキャンディ様に奪われかけたという危機感が、アナスタシアの心に突き刺さっていたのだろう。
「……正直に言えば、お前が毒を盛られて倒れたと聞いた時、今みたいなことを期待していた自分がいた」
「今みたいなこと、とは?」
「お前の性格が穏やかな方向に変わるということだ。……だが、見舞いには行けなかった。いろいろと、怖かったんだ」
いつもは堂々としていらっしゃるウィリアム様なのに、今は何処かしおらしい。そもそも、何が怖いのか分からない。アナスタシアが毒を盛られ倒れかけたことをウィリアム様のせいにするとは思えないし。これもきっと惚れた弱みなのだろう。
「何が怖いというのですか? 少なくとも、私は毒を盛られたことは自分の不注意だったと思っております。なので、旦那様を責めるということはしなかったでしょう。お兄様にも、そう説明するつもりでした」
これはこじつけだった。でも、今のウィリアム様にはそう言うことしか出来ない。だから、私はそれがさも真実だとでも言いたげに、語る。すると、ウィリアム様は少しばかり視線を逸らされた。何を、おっしゃりたいのだろうか。
「……笑わないか?」
「場合によっては笑うかもしれませんので、それはお約束できません」
「はぁ、じゃあせめてこれだけは約束してくれ。……お前の兄には言わないと」
ウィリアム様はそうおっしゃって私と視線をばっちりと合わせてこられる。その瞳が、とても美しくて。私は柄にもなくきゅんとしてしまった。なんというか、美形に見つめられるのはいつまで経っても慣れないものだ。……っていうか、そもそもお兄様にバレたらまずいことなど言わないでほしい。切実なお願いだ。
「……まぁ、それぐらいならば、多少は」
「そうか」
でも、ウィリアム様が何を怖がっているのかが知りたくて、私は出来もしない約束をしてしまった。まぁ、いいや。いずれは離縁をする人だし。今だけの関係だ。そう思って、私はウィリアム様とこんな約束をしてしまったのだ。……後で「聞かなかったらよかった」などと思うなど、この時の私は想像もしていなくて。
「……実は、だな。俺は……お前のことが一時期、好き、だったんだ」
「……何を寝ぼけたことを」
「寝ぼけているわけじゃない。初めは、確かにお前が好きだった。だが、徐々に気持ちは冷めていった。なぜならば、お前の性格が苛烈だったから」
……そりゃあね、アナスタシアは絶世の美少女ですよ? でも、高位貴族の令嬢なのだから腹に一物持っているのは当然でしょうよ。そう思ってウィリアム様を軽くにらめば、ウィリアム様は言いにくそうに視線を逸らして続けられた。
「いつしかお前が好きではなく、むしろ苦手になりかけていた。しかし、それとほぼ同時に婚約が決まった。……あの時は、いろいろと複雑な感情だったな」
でしょうね。私だって、一度は好きになったのに気持ちが冷めてしまった相手と婚約するとなると、複雑な気持ちになる自信がありますよ。そっか、そうなのかぁ。なんだか、いろいろと驚きの言葉だったんだけれど……。
「だが、侍従からの噂とか、いろいろと聞いたら考えが変わった。……今のアナスタシアとだったら、良好な関係が築けるんじゃないかって思うんだ」
うん、こっちはそんなつもり一切ないんですけれどね! そう言いたかったけれど、言えなかった。っていうか、興味と好奇心しか持っていないんじゃないんですか? これじゃあまるで……好意を抱いているみたいじゃないですか。
「……アナスタシア。俺と、やり直さないか?」
ウィリアム様が、そんなことを何の躊躇いもなくおっしゃる。そして……私の頭が真っ白になった。これは一体、どういう回答をするのが正解なのだろうか。そう思って、混乱した。
もうすぐ第一章が終わります。第二章は『悪役令嬢アナスタシアの策略』というタイトルになりますm(_ _"m)




