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悪役令嬢の目標

☆☆


「あっ、アナスタシア様! 何を勝手に動いているんですか! まだ寝ていないといけないと、侍医にも言われているでしょう!?」

「……だって、暇なんだもの」


 そう言って私ことアナスタシアは頬を膨らませて怒ったふりをする。アナスタシアはとんでもない美少女だ。さらさらとした腰のあたりまである茶色の髪と、ちょっと吊り上がった桃色の瞳。容姿だけ見れば、完全に「絶世の美少女」である。そんなアナスタシアは、苛烈な性格を除けば貴族の令嬢として完璧だった。


 だがしかし、そのアナスタシアの特徴ともいえる苛烈な性格は消えた。それは、前世の記憶が蘇ったから。まぁ、そもそも前世の私は一般人。そんな人を虐げるとかできるわけがない。というわけで、記憶が蘇って十日。王宮中は「アナスタシア様は毒を盛られて生死を彷徨った結果、性格が一変された」という噂でもちきりである。そのおかげか、侍女たちも少しずつだけれど心を許してくれるようになった。……相変わらず、旦那様である王太子様は最初に見舞いに来たきりだけれどね!


(……クール系王太子)


 とりあえずだけれど、私はこの世界の旦那様であるクール系王太子についての乙女ゲーム内での情報を整理することにした。幸いと言っていいのか、前世の妹はこちらが訊いてもいないのにやたらとこの乙女ゲームについて語ってきた。前世では鬱陶しいと思っていたけれど、今となっては感謝しかない。心の中で拝んでおこう。


 『キャンディと聖女と神秘の薔薇』のメインヒーローはクール系王太子。名前はウィリアム・ベル・キストラー。聖女国家であるキストラー王国の第一王子であり王太子。性格はクールでとっつきにくい。社交界でのあだ名は『冷血王太子』やら『氷の王太子』など。それに対して、容姿は真っ赤な髪と真っ赤な瞳が特徴的だ。年齢は今年で十九歳。ちなみに、悪役令嬢であるアナスタシアは十八歳だ。攻略が成功すると、甘いセリフを吐くという溺愛枠……らしい。


 まず、この乙女ゲームには好感度のほかにとある大切なものが関わってくる。それが――『運』。言葉通り、『運』だ。つまり、ランダム要素の多い乙女ゲームなのだ。ランダム要素が多いため、運が悪ければどれだけ頑張ったとしてもバッドエンドに直行する。きっと、この世界のヒロインはその運に恵まれていなかったのだろう。前世の妹は言っていた。この乙女ゲームは二十回に一回ぐらい、とんでもなく運の悪い時があると。この世界のヒロインはきっとそのルートを辿ってしまったのだ。


「ヒロインであるキャンディは幽閉ルート。悪役令嬢であるアナスタシアは王太子妃ルートってか。完全に悪役令嬢の勝ちだなぁ」

「アナスタシア様? 何かおっしゃいましたか?」

「いいえ、何でもないわ」


 私のつぶやきに、私の専属侍女であるニーナが反応する。ニーナは肩の上までの黒い髪と、くりくりとした青色の瞳が特徴的な美少女だ。前世の記憶が蘇る前のアナスタシアが、特別気に入っていた侍女でもある。そのため、ニーナは若くして王太子妃の専属侍女という名誉ある役割を持っているのだ。


(ほかの侍女たちからはアナスタシアはあまり好かれていなかったけれど、ニーナは普通に苛烈な性格のアナスタシアのことも好いていたのよね……)


 ニーナはなんと、苛烈な性格のアナスタシアのことも好いていたし慕っていた。確か、ニーナの事情を知ったアナスタシアがニーナを助けたんだったと思う。ニーナには重い病を患った母親がいた。そのニーナの母に治療を受けさせたのがアナスタシア。それが、始まり。ニーナはその恩に報いるためにアナスタシアの元で働きだす。素直で自分を慕ってくれるニーナを気に入ったアナスタシアは、そのまま彼女を専属侍女にしたという流れだ。


「アナスタシア様は、最近変わられましたね。あ、いえ、別に以前のアナスタシア様が嫌いだったわけではありませんよ。ただ単に……関わりやすくなりました」

「……そう?」

「はい! アナスタシア様がいろいろな人に好かれるのは私も嬉しいですからね」


 アナスタシアを寝台に寝かせながら、ニーナはそう言ってはにかむ。……美少女、降臨。そう思いながら、私は素直に寝台に寝転がった。侍医の見立てだと、あと二週間は安静にしないといけないらしいし。その間に記憶の整理がつくだろう。実はもう、半分以上はついているんだけれどね。


「それにしても、ウィリアム様はお見舞いにいらっしゃいませんね。せっかくアナスタシア様が回復したというのに……」

「こら、ニーナ。口を慎みなさい。あの人はお忙しいのよ。私なんかに構う暇もないの」

「ですが……」


 ニーナの言葉に、私はそれだけを返す。そもそも、私としたらウィリアム様に来られたら困るのだ。主に、どう対応したらいいかということで。つまり、今の方が完全に助かっている。それはもう、大助かりだ。むしろこのまま来ないでほしい。……それはさすがに無理か。


「いいのよ。私にはニーナたちがいてくれればそれで十分だもの。それに」

「……それに?」

「これからは愛に生きるよりも仕事に生きるわ」


 私は手を握り締めながらそう言った。せっかく転生したのだから、この際楽しまなくちゃ。ここ十日で、私はそう言う風に脳内をチェンジしていた。王太子妃の仕事は億劫だけれど、やりがいがあるということだけは知っている。どうせだったら、私の力とアナスタシアの才能でこの国を良くしてやろうじゃない!


(それが終わったらウィリアム様と離縁して、田舎に移住してスローライフよ!)


 そして、この国をある程度よくした後は……ウィリアム様と離縁して、田舎に移住する。それからスローライフを楽しむの! これ、最終目標ね!


(ふふっ、そう思ったら楽しみになって来たわ。人間、諦めも肝心だもの)


 愛に生きるよりも仕事に生きる。ウィリアム様からの愛は望まない。これからの私の人生の標語はこれだ。私はそう思いながら、ニーナに笑いかけるのだった。

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悪役令嬢離縁表紙イラスト

悪役令嬢離縁表紙


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