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悪役令嬢と聖女の力


 本来聖女が使うサポート魔法は聖女に選ばれてから半年以上かけて習得するものだ。アナスタシアもそれに倣い、王太子妃としての仕事をしながら聖女の力を確実に鍛えていた。しかし、毒に倒れてしまい中途半端な状態で放置されていたのだ。元聖女曰く、聖女の力は繊細なものであり初心者の場合体調が万全な状態でないと使えないということだ。だが、そんな事今はなりふり構っていられない。だって、こっちは命の危機なのだ。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。使えるものは使いたいし、縋れるものならば縋りたい。


「っつ!」


 ふと、顔を上げると一人の敵兵と視線が交わった。その敵兵は下衆な笑みを浮かべていたものの、すぐにシルフィアさんの魔法によって吹き飛ばされる。あの魔法の威力からするに、かなり魔力と体力を消耗しているはずだ。……何とかして、手助けしないと。


「師匠! 無事ですか!?」

「あたりまえですよ。俺を誰だと思っているんですか!」


 マックスさんの、普段聞いたことがないような怒りを含んだ声が耳に届く。辺り一面、暴風が吹き荒れている。マックスさんの属性は大方「風」だろうか。それから、シルフィアさんの属性は「水」と「風」のようだった。


「しっかし、敵兵が多いですね。どれだけの人間があの女の所為で犠牲になっているのかと思うと、胸が痛みます」

「……師匠にも人間の心があったんですね。現役のころはなりふり構わなかったのに」

「まぁ、比較的穏やかにはなりましたよね。人間、老けるとそうなりますよ」


 そんな会話が私の耳に届く。会話の勢いが徐々に消えているのは気のせいではないだろう。やはり、体力と魔力をかなり消耗しているよう。アナスタシアも魔法の教育は受けているけれど、現役バリバリの人間とは比べ物にならない。やっぱり、聖女の力に頼るしかなさそうだ。


(あのクソヒロイン! なんてものを置いて行ってくれてんのかねぇ!)


 胸にそんな感情を抱きながら、元聖女だった人の言葉を脳内で反復する。聖女の力の源は「感情」だ。感情が昂れば昂るほど、強ければ強いほど力が増す。それはたとえ悲しみだろうが、憎悪だろうが、喜びだろうが構わない。大切なのは――感情の強さと昂り。聖女の力は感情の強さと昂りをエネルギーにするから。


 今、手っ取り早く感情を昂らせられるのはヒロインへの憎悪だった。もしも、アナスタシアが毒で死んでいたら。もしも、この国を滅茶苦茶にされたら。もしも、大切な人を傷つけられたら。そう思ったら、憎悪のネタには困らなかった。


「……師匠! アナスタシア様が……!」


 シルフィアさんの驚いたような声が、聞こえてくる。そりゃそうだ。今の私は……どこからどう見ても、新米聖女ではない。


「シルフィアさん! マックスさん! サポートするのでこの場を何とかしてください!」


 最後の方は投げやり。でも、これできっとすべてが伝わると思う。私は確かに乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったらしい。この世界は乙女ゲームの世界を元としているし、私は悪役令嬢のアナスタシアに生まれ変わった。しかも、乙女ゲームのバッドエンド後。でも、だからって……!


「自分の望んだシナリオ通りにいかないからって、癇癪を起すのはただの子供よ!」


 きっと、どこかで高みの見物をしているであろうヒロインに、私は心の底からの言葉をぶつけた。きっと、ここに居る人は誰一人としてこの言葉の意味が分からないだろう。でも、それでいい。あの女に伝われば。それでいいのだから。


「わぁお。あれは間違いなく熟練の聖女じゃないと出来ないことですね~。面白くなってきましたよ!」

「シルフィアのそう言うポジティブなところは尊敬しますよ。本当に。しかしまぁ、アナスタシア様もやってくれますねぇ。……まるで人が変わったようだ」


 私の力を、精一杯飛ばす。シルフィアさんと、マックスさんに。残った力は防御魔法としてニーナにかけた。


――感情の昂りが強ければ強いほど、聖女の力は増します。ただし、冷静さだけは見失ってはいけません。暴走してしまいますからね。


 教えてくださった元聖女の方のその言葉を胸に刻み付け、私は「憎悪」の感情でサポート魔法を発動させる。転生したんだから、スローライフを期待したっていいじゃない! こんなトラブルに巻き込まれた挙句王太子妃になるなんて……本当にごめんだわ!


「私の第二の人生、滅茶苦茶にされて当て馬で終わるなんて絶対に嫌だからな!」


 心の中でぐつぐつと煮えるその感情。それを今、聖女の力に変換していく。


 それからの戦いは、ほぼ一方的だった。場を蹂躙するマックスさんとシルフィアさんの魔法。その戦い方には、互いへの確かな信頼があった。その鮮やかな戦い方は、とても美しくて胸に残りそうだった。そして、私は敵兵の最後の一人が倒れたのを見届けて――地面とお友達になる。つまり、倒れたということだ。


(はぁ、何とか助かったぁ!)


 それだけを心の中で叫んで、私は瞳を瞑った。

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悪役令嬢離縁表紙イラスト

悪役令嬢離縁表紙


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