悪役令嬢と奇襲
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「……完全に孤立してしまったね」
「まぁ、どれだけの敵が居ようとも、私と師匠だったら勝てますよ~」
敵兵に囲まれた中、そんな呑気な会話が私を挟んで両側から聞こえてくる。私から見て右にシルフィアさん。左にマックスさん。マックスさんの表情は見えないけれど、シルフィアさんの表情は私の位置からばっちりと見えた。その好戦的な笑みは、背筋に冷たいものが走るような感覚を味合わせてくる。
「……アナスタシア様、ニーナさん。ここは私たちにお任せください。……ね、師匠」
「まぁ、そうですね。俺たちを侮られたら困りますから」
マックスさんとシルフィアさんの呑気な声を聞きながら、私の脳内は軽くパニックに陥りそうになっていた。私たちの周りを取り囲むのは敵兵……であろう人たち。誰もがにやにやとした下衆な笑みを浮かべる中、私はどうしてこんなことになったのか、と考えていた。いいや、考えるだけ無駄だ。私たちのすぐそばに『裏切者』がいただけ。……ふぅ、ヒロイン様も結構な置き土産を残して行ってくれたわね。そう思いながら、私は敵兵たちを強くにらみつけていた。
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そもそも、こうなったのは私たちが乗っていた馬車『だけ』が孤立したからだ。お兄様とロイドとウィリアム様を乗せた馬車と、護衛たちを乗せた馬車が同じ方向に進む中、私たちを乗せた馬車だけが何故か別方向に走って行った。それに気が付いた時にはすでに遅くて……私たちは、敵兵に囲まれていたというわけだ。
(お兄様のことだから、あの御者が裏切者だと気が付いていたはずなんだけれど……)
私はじっと御者『だった』人を見つめながら、そんなことを考える。ウィリアム様はともかく、お兄様だったら裏切者に気が付かないはずがない。しかし、お兄様が指摘しなかったということは、かなりうまく誤魔化して周りに溶け込んでいたということなのかもしれない。とりあえず、油断は出来ない。
「……裏切者っていうかさ、元より敵側だったってことだけだよね~。王宮にもいろいろな派閥があるわけだし」
「ってことは、あの人は『キャンディ様派』だったってこと?」
「まぁ、そう言うことだと思いますよ。あの女は様々なところに種をまいていたみたいですし。それが最近芽吹いてきたんでしょう」
シルフィアさんは私の言葉に答えてくれるものの、視線はこっちに向けてくれない。まぁ、そうだ。だって、今は敵に囲まれている。小さな油断さえも命取りになるのだ。
「キャンディ様の恨み!」
「偽物の聖女に罪の自覚を!」
「キャンディ様こそ本物の聖女!」
そんなことを言いながら、敵兵たちが剣を持ってじりじりと私たちに詰め寄ってくる。なんというか、その姿は狂信者を連想させるというか……。これ、乙女ゲームの世界よね? RPGの世界じゃないわよね?
「別に聖女が誰であろうと私には関係ないんだけれどさ……。私には給金が出ているの。アナスタシア様が護衛対象である以上、あんたたちには指一本触れさせないからさ!」
「……久々にシルフィアと共闘できるみたいですね。俺も本気で行きますか」
そう言いながら、マックスさんが手のひらを敵兵の方に向ければ、そこから勢いよく暴風が吹き荒れていく。そして、そのままとんでもないスピードで敵兵の方に突っ込んでいった。……いや、待って待って! マックスさん元魔術師らしいけれど、今ただの司書ですよね!?
「シルフィア、アナスタシア様を守るのはお前に任せますよ!」
「えぇ、師匠! でも、アナスタシア様を守れれば、良いんですよね! 好き勝手させていただきます!」
シルフィアさんはそう言いながら、何やら呪文を唱える。すると、シルフィアさんの手には大きな杖があった。わぁ、あれってRPGとかでよく見る魔法使いとか賢者が使う杖よね! 生で見たの初めてだわ……。
「アナスタシア様、ニーナさん! 身をかがめてください!」
そんな風に思っていた私に届いた、シルフィアさんの指示。なので、私は慌てて茫然とするニーナに覆いかぶさりながら身をかがめた。普通逆だろうとか言われそうだけれど、私にとってニーナはかけがえのない存在。だから、咄嗟にこうしてしまった。
「久々に暴れられるって思ったら、結構楽しいですね~。敵兵はいくら殺してもいいんでしたっけ?」
「そもそも、その人たちは正気ではありませんから。殴って正気に戻るのならばいいですが、その可能性は明らかに低いでしょうね」
「あっそう。じゃあ……み~んな仲良くあの世行きってことで!」
私の頭の上から、そんな声が降ってくる。……私も、何かしたい。シルフィアさんとマックスさんの声を聞いていると、ふとそう思ってしまう。でも、私じゃ足手まといになる。アナスタシアだって、戦闘訓練は受けていない。出来ることは人々の治癒。あとは……力を増幅させるサポート魔法のみ。
(サポート魔法。これだったら、今使えるかもしれない!)
そうだ。このサポートの魔法だったらこの戦闘にも役に立つはずだ。そもそも、この世界にはサポートの魔法が二種類ある。一つ、物理的な攻撃力を上げる。二つ、他人の魔力を回復させる。今だったら……後者が確実に役に立つ。
(念じろ。そう、念じて……聖女の力に呼び掛ける!)
瞳を瞑って、身体に眠るという聖女の力に呼び掛ける。そうすれば――おのずと力は応えてくれる。そう、習った。
(まさか、まだ習得中なのに使うことになるなんて……)
そう思いながら、私はぎゅっと瞳を瞑った。いくらシルフィアさんやマックスさんが強くたって、相手は多数なのだ。しかも、正気じゃない。こっちが不利なのは……明確だ。だったら、私も出来ることしないといけない。そう、思った。
(どうか、お願い――!)
この場を切り開くために、私の力よ目覚めて。そう、強く念じて私は胸元を押さえた。




