悪役令嬢たちの旅立ち
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「じゃあ、俺は王太子殿下と一緒に行くからな。アナスタシアはそこの司書と魔術師と侍女と一緒に行け」
「……えーっと」
「さすがにこの人数が乗れる馬車はない。だから二便で行く。俺は王太子殿下といろいろ機密事項を話そうと思うから、アナスタシアはのんびりとしていろ」
翌日。指定された時間通りに馬車が待つ場所に向かうと、そこには見慣れない女性とお兄様とマックスさんがいた。そして、お兄様はまずそうおっしゃると私と一緒に来られたウィリアム様に視線を向けられる。心なしか、ウィリアム様の表情が優れない気がする。しかし、そのお兄様の提案は正直に言って私からすればありがたい。ウィリアム様と同じ馬車など、私の気が休まらないだろうから。これからしばらく一緒に過ごすのだ。この時間だけでも離れていたい。
「シュトラス公爵。……俺は、その……」
「問題ないだろう。そもそも、王太子殿下が付いてくるというからいろいろ予定が狂っているんだ。あと、一応ロイドもこっちに乗れ」
「……はい」
お兄様はてきぱきと指示を出されていく。いくら何でも王族貴族だけで向かうことは出来ないため、護衛も馬車でついてくることになっていた。しかし、念には念を。同じ馬車の中にも護衛がいた方が良いだろう。そう言うことから、今回魔術師の方とロイドを連れていくことになったのだ。あ、ニーナは別枠。むしろ、私の世話役と言った方が正しい。
未練がましい視線を私に向けてこられるウィリアム様を容赦なく引きずって行かれるお兄様。普通、公爵でも王族を引きずるなんてこと出来っこないわよ。まぁ、お兄様は例外なんだけれど。ウィリアム様にとって、同年代で唯一頭が上がらない人だから。
「じゃあ、私たちも乗り込みましょうか~」
魔術師の方はそう言って、軽くウインクをしていた。そのとても美しい顔立ちと合わさり、それだけで数多の男性を魅了できそうだ。そもそも、体型が素晴らしいのよね。なんというか……胸が大きめと言いますか。アナスタシアは平均よりも少し小さめだから、羨ましいというかなんというか……。
「そうですね、シルフィア。アナスタシア様、行きましょう」
「え、えぇ」
マックスさんにもそう声をかけられ、私は現実に戻ってくる。そして、馬車に乗り込んだ。この中で身分が一番高いのは私。だから、私が一番に乗り込む。その後、マックスさん魔術師の方と続き、最後にニーナが乗り込んだ。
「あ、自己紹介を忘れていましたね。私、シルフィアって言います。家名は訳があって名乗れないので、普通にシルフィアって呼んでくださればいいですよ~」
馬車が走り出すと、魔術師の方――シルフィアさんがそう自己紹介をしてくれた。明るい声だけれど、言っていることはかなりきついことだ。この世界で家名が名乗れないということは、実家を勘当されているということだから。あとは元々家名がない人もいるけれど、シルフィアさんは間違いなく前者だろう。
「……まさか、おつきになる魔術師がシルフィアだったなんて思いもしませんでしたね」
「久しぶりですね、師匠。また老けたんじゃないですか~?」
「シルフィアは相変わらず口が悪いですね。まぁ、思ったことを何でも言ってくれるのはこちらとしてはとてもありがたいのですが」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、マックスさんがシルフィアさんに話しかけている。前もって手に入れていた情報によると、マックスさんはシルフィアさんの元師匠らしい。そして、ここ二年ほど会っていないということだ。シルフィアさんは王家が認める凄腕魔術師なので、何かと忙しいのだろう。
(……そう考えたら、よくシルフィアさんを護衛に出来たわよね)
そのことだけは、素直にウィリアム様を褒めよう。まぁ、王太子と王太子妃が出かけるとなると、かなりの数の護衛は必要なんだけれど。ニーナ曰く、シルフィアさんは一人で王家が抱えている騎士たち二十人分ぐらいの戦力はあるらしい。……はっきり言って、かなりバケモノよね。だって、王家が抱える騎士よ? 並外れた戦闘能力を持つ精鋭たちよ?
「……正直に言えば、師匠とこんな風に再会することになるなんて、ちょっと予想外っていうか……心の整理がついていないというか……」
そんなことを考えている私の耳にふと届いたのは、シルフィアさんのそんな困ったような声だった。慌ててシルフィアさんに視線を向けると、シルフィアさんは少しばかり気まずそうな表情をしていた。……何か、あるのだろうか?
(でも、今日知り合ったばかりの私が深入りしていい問題ではないわよね。とりあえず、様子見かしら)
だけど、私はそう思い直してゆっくりとひと呼吸をした。とりあえずだけれど、シルフィアさんとマックスさんの間には何かがあると思ってもいいのよね? 仲が悪かったという情報はない。むしろ、仲は良かったという情報を手に入れている。
「……師匠、ごめんなさい」
消え入りそうな程小さく呟かれたその言葉の意味は、今の私には到底予想も出来ないものだった。




