悪役令嬢の愚痴
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「アナスタシア様。お疲れのようですね」
「……まぁね」
領地への旅立ちを明日に控え、私は私室でニーナに淹れてもらったお茶を飲んでいた。今日の気分はミルクティーかな。そう思ってニーナにその意思を伝えると、ささっとミルクティーが出てきた。さすがは優秀な侍女ね。そう思いながら、私はニーナに淹れてもらったミルクティーを堪能する。
「疲れるに決まっているわ。寝込んでいた時は退屈で仕方がなかったのだけれど、今度は貴族の相手ばっかりなんだもの」
私はそう零してため息をつく。アナスタシアが毒を盛られて生死を彷徨ったということは、王家に近しい人間しか知らない。しかし、アナスタシアの体調がすぐれないということは貴族には知られていた。そのため、アナスタシアが回復したと知ると我先にとばかりに挨拶にやってきたのだ。快気祝いを持ってくるのはこの際良いとして、こっちは病み上がりなのよ? もっと分散して来てほしいわ。そう思うけれど、貴族の人間は王太子妃であるアナスタシアに取り入ることしか考えていない。つまり、先に挨拶をすることで私の記憶に残ろうとしている。ま、興味のない人間は全員忘れたけれど。順番なんて関係ないわ。
「そう言えば、聖女様の方からも贈り物が届いておりますよ。後でお渡ししますね」
「えぇ、お願い」
思い出したようにそのことを教えてくれるニーナに、私はそれだけを返す。貴族の人たちも聖女様のように贈り物だけにしてくれればいいのに。それか、手紙をつけるとかさ。そもそも、病み上がりの人間に取り入ろうとするなんてどれだけ自分勝手なのかしら。
「……ただでさえ明日からのことも憂鬱なのに、こんなことをされたら気も滅入るっていうものよ」
はぁ。そんな風にため息を零しながら、私はニーナが出してくれたフィナンシェをつまむ。相変わらず美味しいこと。そう思いながら、私は次にミルクティーでのどを潤した。
「領地経営に関しては、アナスタシア様が望んだことだと聞いておりますが……?」
「えぇ、それに関しては間違いないわ。お兄様にもマックスさんにも私がお願いしていますし、許可も得ていますし。……問題は、旦那様が付いてくるということよ」
「……そうでございますか」
私が零す愚痴を聞いて哀れに思ってくれたのか、ニーナが目の前にお菓子を追加してくれる。それをありがたく思いながら、私は追加のお菓子もつまんだ。これは甘さ控えめっぽいわね。これはこれで美味だわ。
「しかし、アナスタシア様はウィリアム様のことを好いていたのでは……?」
「……えぇ、そうね。元々は、だけれど」
ニーナの言葉に一瞬私はドキッとしてしまう。うん、確かにアナスタシアはそれとなくウィリアム様を好いていたわね。さて、どういった風に誤魔化そうかしら。
「……いえ、いろいろ考えたりしたのよ。あとは、やっぱりお見舞いに来てくださらなかったのが一番かしら。気持ちが冷めたというのが一番近いのかも」
「そうなのですか」
私の言葉を聞いて、ニーナが微妙な表情を浮かべる。でも、納得はしてくれたようだ。ニーナはウィリアム様がお見舞いに来ないことに怒っていた。その時私は冷静にニーナのことを宥めていた。しかし、ニーナはそれを勘違いしていたのだろう。……私が強がっている、と。
「それに、いきなりなんだもの。覚悟が決まっていないわ。はぁ、明日が憂鬱」
ウィリアム様が一緒に来ないのならば、最高だったはずなのに。それに、最終的には離縁するつもりなんだもの。情が移ったら困るわ。……離縁しにくくなっちゃうじゃない。は、まさかウィリアム様の目的はそれ? ……ないない。自分で言っていて思うけれど、それはないわ~。
「そう言えば、魔術師の方が一人ついていくそうですね。なんでも、マックスさんの元部下だとか。その方、とんでもない美女だって噂になっていますよ!」
「……女性なの?」
「えぇ、噂ではとても優秀な美しい女性だとか」
それを聞いた私は素直に驚いてしまう。騎士の世界もだけれど、魔術師の世界も結構な男尊女卑だ。女性が活躍するのは難しい世界。というか、この国全体がそう言う仕組みなのよね。女性が活躍するのは女官とか侍女、後は聖女ぐらい。
「……才能あふれる女性が埋もれてしまう、か」
もっと、女性が活躍できるようにこの国を整えていきたい。私の胸には、そんな感情が芽生えていた。……でもね、私は出来る限り目立ちたくないのよね~。目立ちたくない人は目立たなくていい世界にも、したいわねぇ。
(そう思うのは、自分勝手なのかしら?)
才能あふれて目立ちたい人だけが目立てて、才能があっても目立ちたくない人は目立たなくてもいい世界。つまりは、適材適所。……ちょっとそう言うことも真面目に考えてみようかな。そう思いながら、私はニーナが淹れてくれたミルクティーを味わうのだった。




