悪役令嬢と兄の……
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「アナスタシア、待たせたな」
「いいえ、大して待っておりませんからお構いなく」
ロイドからいろいろ聞いてから数時間後。私はシュトラス公爵家の主一家が食事をする食堂にて、お兄様を待っていた。少し早く来すぎたかな。そう思ってから五分程度待っていると、お兄様がゆっくりとやってこられる。先ほどよりも格好がラフなのは、公爵としての仕事が終わったからということなのだろう。
お兄様が食堂に入ってきたのを見ると、侍女たちが食事を運んでくる。王宮での食事よりも豪華に見えるその料理の数々は、このシュトラス公爵家の権力を表しているとも見て取れる。現在、王家よりもシュトラス公爵家の方が財政は潤っているから。
「それで、アナスタシア。大体のことは手紙で知っているが……わざわざ帰ってきたということは、何か俺に言いたいことがあるのだろう?」
私のことをまっすぐに見つめて、お兄様はそう問いかけてくる。……昔から、お兄様は何も変わっちゃいない。そう思いながら私は「ふぅ」と一息ついた。私がアナスタシアだった頃から、そうだった。先を見たように行動をし、人の思考回路を易々と読む。……アナスタシアはお兄様のことを好いていたけれど、そう言うところは苦手意識を持っていたんだっけ。
「えぇ、まあ。……大体は、お手紙で書いた通りです。私はお兄様に経営術を学びたいと思っております。ウィリアム様には、その点はもうすでに了承を得ました」
「そうか。だったら別に構わない。アナスタシアの力になれるのは素直に嬉しいからな。……だが、お前がそこまでする必要はあるのか?」
「……と、言いますと?」
「簡単なことだ。所詮嫁入りであり、王家の生まれではないアナスタシアがそこまでする必要があるのか、ということだ」
お兄様はそうおっしゃって、近くにあったワイングラスに入ったお水を飲まれる。……それは、試しているととってもいいのでしょうか? しかし……アナスタシアらしく答えようとすると、少し困ってしまう。今までのアナスタシアとしての記憶を掘り出せば、今アナスタシアとして取るべき行動が見えてくるだろう。だがそれでいいのかと、脳内が考え始める。
「お前の実家はこのシュトラス公爵家だ。王家にそこまでしてやる義理はない。俺は確かに王太子と仲がいい。だからそこそこの援助をしているが……アナスタシアは、そこまでしてやる必要はないだろう?」
「…………」
「お前は政略結婚で嫁いだ身だ。……いずれ切り捨てられるとは、思わないのか?」
「……王家の方々は、そう言う人ではないと思います」
「それは所詮お前の思い込みだ。人間、どういう風に豹変するかは分からないだろう? 特に、金を持った人間ほど豹変してしまう」
まだ少しだけお水が残ったワイングラスを揺らしながら、お兄様は私のことを試すようにそうおっしゃる。覚悟を、問われているのだろう。お兄様だって、本当はわかっていらっしゃるはずなのだ。……今の王家がお人好し過ぎて今の状況に陥っているということに。元より、王家が本当に愚鈍で仕える価値のない人間の集まりだった場合、お兄様は私を嫁がせるということもしないはずなのだ。だって、そう言う人だから。
「……私、は」
「なんだ?」
私も手元にあったお水の入ったワイングラスを手に取る。着々と運ばれてくる食事の数々。美味しそうに盛り付けがされており、前世で食べていたものと大違いだ。
「……切り捨てられることは、ありませんよ」
そんな食事の数々を眺めながら、私は小さくそう零す。そして、ワイングラスに入ったお水を喉に流し込んだ。冷たくて、のどを潤してくれるお水をかみしめた後、私はただお兄様を見つめた。
「どうしてそう言い切れる?」
「あたりまえじゃないですか」
あぁ、そうだ。アナスタシアは「こういう人物」なのだ。私の脳内で散らばっていたパズルのピースがかっちりと嵌まる。だから、自然と口がその言葉を紡ぎだす。相手が誰であろうと変わらない。苛烈で、不敵に笑い続ける。それが私であり……アナスタシアなのだから。
「だって、切り捨てるのは逆ですもの。あの人からじゃない、切り捨てるとすればそれは……私ですもの」
不敵に笑って、苛烈に振る舞い、他者を圧する。結局中身が変わったところで、根本は変わらないということなのかもしれない。中身がたとえ私だとしても……脳内には確かにアナスタシアとしての記憶もあるのだから。
「……もしも、私とウィリアム様が離縁するのだとすれば、それはウィリアム様から切り出されたものじゃない」
それに、私はその結末を確かに望んでいるのだ。
「私の方から……切り出すんです。私は切り捨てられない。切り捨てるのは……私の方から。そうでしょう――お兄様?」
これが、アナスタシアなのだ。そう思ったら、なんだか吹っ切れてしまった。これが私の生きる道。アナスタシアであり、私である存在が導き出した答えの一つ。
「私は常に勝者になる。……その貪欲さが、お兄様も気に入っていらっしゃったのでしょう?」
アナスタシアは貪欲なのだ。全てを手に入れたい。その根本は……前世も今も変わらない。
私は――貪欲だから。
最近タイトルを考え直しています……プロットからずれすぎているので、もうちょっとしっくりくるタイトルにするかも、です……




