聖女と宮廷魔術師
私がシルフィアさんに詰め寄れば、彼女は「……どうか、なさいましたか?」と言って首をかしげる。
その姿はとてもきれいだったけれど、今はそれどころじゃない。そう思い見惚れてしまいそうになる気持ちを抑え込み、私はシルフィアさんに「人の居場所って、魔法で調べられますか?」と問いかける。
「……手がかりがあれば、調べられますよ。けれど、どうなさったのですか、いきなり」
私の質問に答えながら、シルフィアさんはそう問いかけ返してくる。なので、私は「ミアが、攫われちゃって……」と静かに告げた。
「ミアって……えぇっ⁉」
私の言葉を聞いたシルフィアさんは、「一大事じゃないですか!」と叫んで一つのお部屋の扉を開ける。そして「とりあえず、入ってください」と言ってくれた。なので、私とバネルヴェルト公爵はシルフィアさんのお部屋に足を踏み入れる。
シルフィアさんのお部屋は、全体的に白色で統一されていた。シンプルだけれど、品がある。そんな雰囲気のあるお部屋をきょろきょろと見渡したくなるけれど、その気持ちもぐっとこらえてシルフィアさんに言われるがままソファーに腰を下ろした。
もちろん、バネルヴェルト公爵も。
「一応確認しますけれど、ミアって聖女候補のミア・クラーセン様、ですよね?」
確認の問いかけに私は静かに頷く。すると、シルフィアさんは「……でも、王宮の警護ってかなりのものですよね?」と言ってきた。確かにその言葉は正しい。……ただ、私たちが油断しただけなのだ。
「……ジェレミー様が、犯人だと思います。魔法でミアを連れ去ってしまって……」
私が静かな声でそう言えば、シルフィアさんは「……そう、ですか」と言って一旦言葉を区切る。その後、私とバネルヴェルト公爵の前に紅茶を出してくれた。その香りはとても落ち着くもの。多分、気を遣ってくれたのだろう。
「……その人の所有物か何かがあれば、一応調べられます。ただ……」
「ただ?」
「人の居場所を調べる魔法に関しては、すごく魔力を消費します。それに、隠ぺいしようとした人がいた場合、失敗する可能性が高いんです」
そう言うシルフィアさんの表情は、とてもまじめなものだった。
……ジェレミー様の持つ魔力はかなり膨大だ。それこそ、シルフィアさんと同等なのかそれ以上だと思う。それはつまり、助っ人か何かが必要と言うことなのだろう。……アナスタシアの魔力は人よりも多い。私が、助っ人になれないだろうか?
「……私の魔力を、使えませんか?」
彼女の目をまっすぐに見つめてそう問いかければ、彼女は「……うーん」と頭を悩ませていた。確かに、シルフィアさんが悩むのも分かる。だって、私には魔術の知識も魔法の知識も最低限しかない。役に立てるのかは微妙なのだ。
「……正直、それは無理だと思います。助っ人をするにしても、その人物にある程度の魔法の知識がないと、難しいので……」
「そこを、何とかできませんか?」
無理強いだって、わかっていた。けど、ミアの無事を一刻も早く確認したくて。
私はシルフィアさんに詰め寄る。そうすれば、彼女は少し考えたのち「……三時間ほど、時間をくださいませんか?」と静かな声で告げてきた。
「何か、使えそうな魔道具がないか探してみます。もちろん、師匠にも訊いてみます。なので、三時間ほど時間をください」
「……お願い、します」
もう、それしか頼れないのならば。ならば、三時間待つしかない。そう思って私が目を伏せていれば、バネルヴェルト公爵が「……宮廷魔術師」とシルフィアさんに声をかけていた。
「……貴方は、確かバネルヴェルト公爵家の」
「あぁ、エセルバード・バネルヴェルトだ。……俺からも、頼む。ミアを、早く見つけてくれ」
そうおっしゃったバネルヴェルト公爵は――静かに頭を下げていた。
こんなバネルヴェルト公爵の姿、私は見たことがなかった。彼はいつだって唯我独尊で、俺様で自分が世界の中心のように振る舞う人だった。でも、今のバネルヴェルト公爵はただただ弱々しくて。
「……わかっています。ミア様のこと、絶対に見つけてみせます!」
バネルヴェルト公爵の言葉を聞いたシルフィアさんは、笑みを浮かべてそう言っていた。
それにほっと一安心していれば、シルフィアさんは「とりあえず、師匠のもとに行ってきますね」という言葉を残して、お部屋お出て行こうとする。ただ、最後に「ゆっくり、していってくださいませ」と振り返って告げてくる。……ゆっくり、か。正直なところ、あまり心の余裕がないのだけれど。
「……今は、ミアの無事を祈るしかないのよね」
ジェレミー様が、ミアに何をしでかすかはわからない。でも、何とかして。なんとかして、ミアのことを助けなければならない。
「……バネルヴェルト公爵。私、とりあえずこのことを旦那様に報告してきます」
「……あぁ」
私が立ち上がってバネルヴェルト公爵にそう声をかければ、彼はただ覇気のない声でそう返事をくれた。……相当、ダメージを負っているわね。それは、嫌というほどわかった。




