聖女の侍女、攫われる
(けれど、本当にどうしようかな……)
ジェレミー様が私に接触してきてから、数日が経った。
聖女選定の儀はもうすぐそこまで迫ってきている。襲撃犯の指示役の目星は確かについているのだけれど、生憎と言っていいのかしっかりとした証拠がない。
宰相の仕業だとわかっているのだけれどねぇ。あと、つい先日宰相の娘であるジェニファー様が襲われた……らしい。まぁ、そっちはジェレミー様の仕業だろうけれどさぁ。
でも、何一つとして証拠がないのだ。そのため、裁くことが出来ない。
「……あ~、本当にどうしよう~!」
頭を抱えながらも、私は書類の山に向き合う。聖女選定の儀のパトロールのスケジュールなんて、ウィリアム様が決めなさいよ! そう思うけれど、ウィリアム様にはウィリアム様のお仕事がある。私は、課せられた仕事をやるしかないのだ。任された仕事くらいはすべて全うしなければならない。それくらいの責任感は、ある。
「……もう、本当にどうしろっていうのよ……」
「よぉ、王太子妃サマ」
「……バネルヴェルト公爵」
私が頭を抱えていれば、私の執務室に堂々と入ってこられる一人の男性。……そのお方は、バネルヴェルト公爵だった。まぁ、ノックもなしに入ってくる無礼者はこのお方しかいないから、わかってはいたのだけれどね。
「王太子妃サマ、悩み事か?」
バネルヴェルト公爵はけらけらと笑いながら、そうおっしゃる。それに対し、私は「……そうですよ」と不満げに言葉を返した。バネルヴェルト公爵はこんな私を面白がっているのだろう。ミアのことで意見の相違はあるけれど、彼はなんだかんだ言っても憎めない性格だったりする。なんというか、人を惹きつけるというか?
「……エセルバード様」
「よぉ、ミア。頑張ってるか?」
そんな風に思っていれば、ミアが執務室に入ってくる。そしてバネルヴェルト公爵の前にお茶を出していた。それを見たためか、バネルヴェルト公爵はふんぞり返った。……ねぇ、ここ、私の執務室。
「……ところで、本日は何のご用件ですか?」
けど、とりあえず用件を聞かなくちゃなぁ。そう思って私はミアが下がったのを確認して、彼にそう問いかけた。すると、彼は「……宰相の奴のことだけれどさぁ」と真面目な表情になって言葉を発する。
「宰相が、どうかなさいましたの?」
私がそう問いかければ、彼は「……いや、悪事の証拠に関してはつかめそうだっていうことだ」と続けた。
それに、私は素直に驚いてしまった。バネルヴェルト公爵が有能な人物だということは、私だって知っていた。それでもまさか、本当につかむことが出来るなんて。あの宰相は、悪事の証拠を隠ぺいするのが得意な人種だったのだもの。
「……ただ、な。一つだけ問題がある」
「問題、ですか?」
悪事の証拠がつかめそうなのに、バネルヴェルト公爵の表情は暗い。それを私が怪訝に思っていれば、彼は「……第二王子殿下の方が、全くつかめない」と続けた。
「第二王子殿下がジェニファー嬢を襲ったのも、間違いがないと言い切れる。だが、そっちの証拠がない。そして、宰相をそそのかしたという証拠も。……このままだと、あの王子殿下何をしでかすかわかんねぇぞ」
そうおっしゃった彼の目は、本気だった。それに、私は何も返せない。ジェレミー様との決着は、私自身が付けたいと思っている。でも、ここまでくるともう周囲を頼った方が良いのだろうと、思ってしまう。
「王子殿下が何をしでかすかがわかんねぇのも問題だ。だが、なんつーか……」
「どうか、なさいましたか?」
「王子殿下は、どうしてジェニファー嬢を狙った?」
バネルヴェルト公爵はそうおっしゃって、疑問符を頭上に浮かべられていた。……確かに、聖女候補を狙ったのならばジェニファー様だけを狙うのはおかしい。ジェレミー様の魔法は強力だ。だから、同時に襲うこともできて――……。
「……ミア!」
嫌な予感が、私の頭の中を駆け巡る。もしかして、ジェレミー様は……油断を誘ったのではないだろうか? そうだ。頭のいいジェレミー様ならばそれくらいは容易い。そして、何よりも……。
「――ジェレミー様は、ミアを嫌っているかもしれないわ」
あの時、ジェレミー様は私の側に居たミアの言葉を「きれいごと」だと蹴り飛ばされていた。そして、ジェレミー様の本性から考えるに……彼はミアのような人が嫌いだ。純粋無垢で、穢れがない。そんな人を、嫌っている。
「王太子妃サマ! ミアは何処に行った⁉」
「多分、ニーナのところだと……思い、ます」
王宮は警護がしっかりとしている。でも、もしも。また人気のないところで襲われたら。そう思って私は血の気が引くような感覚に襲われた。だから、私はバネルヴェルト公爵と一緒にミアを捜す。お願い、間に合って。もしくは、この嫌な予感が杞憂で済んで頂戴……!
「アナスタシア様、エセルバード様? どうか、なさいました?」
執務室を飛び出してしばらく歩けば、ミアはすぐに見つかった。それにほっと一息をついたのもつかの間だった。
「ひゃぁあっ!」
そんな悲鳴を上げたミアが、床にあった影のようなものに吸い込まれてしまったのだ。……また、転移魔法の一種を使われたわね。それを使って、ミアを攫ってしまった。
「ミア!」
バネルヴェルト公爵の悲痛な声が聞こえてきた。でも、今は慌てふためいていい場面じゃないわ。なんとしてでも――ミアのことを、助けなくちゃ。
(けど、ジェレミー様には絶対に敵わないわ)
それに、ミアの居場所さえもつかめない。どうすれば――いいの?




