聖女と過去の恋心
「幼くして両親を事故で亡くし、二人きりになった兄妹。それが、可哀想に見えたのだろうな。だから、王家が支援者となり後ろ盾となり、シュトラス公爵家を後押しした」
……そんな事情があったなんて、私は全く知らなかった。それとなく王家が後ろ盾になってくださったちうお話は、お兄様から聞いていた。
でも、まさかそこまでしていてくださったなんて。私がそう思っていれば、ウィリアム様は何処となく気まずそうに「まぁ、シュトラス公爵は俺とお前の婚約に納得はしなかったがな」と続けられる。
「シュトラス公爵は、アナスタシアの意思を尊重したいと言ってきた。そして、俺たちは対面をしてお前は俺を気に入った。ただ、それだけだ」
ウィリアム様は何でもない風にそうおっしゃるけれど、それはかなり端折りましたよね? 実際はもっとひと悶着あったような気もするのだけれど。まぁ、私の記憶は前世の記憶を思い出したことをきっかけに曖昧になっているから、あてにはならないけれどさ。
「……アナスタシアは、ずっと俺が好きだったんだよな」
「さようでございますね。私は、違いますが」
その問いかけに、そう返す。
アナスタシア「は」ウィリアム様のことを好いていた。恋をしていた。だから、どんな手を使ってでもウィリアム様とヒロインであるキャンディ様を引き離そうとした。それは、乙女ゲーム通りなのだろう。まぁ、私はそのゲームをプレイしたことがないので、本当のところよく分かっていないのだけれど。
(けど、アナスタシアは間違いなくウィリアム様のことが好きだったのよ)
だけど、その気持ちは何処まで行っても一方通行だった。ウィリアム様は自分を好いてくれない。それに傷ついて、どうしようもない感情に苛まれて。それが、アナスタシアだった。きっと、乙女ゲームのアナスタシアはこれ以上に辛かったに違いない。唯一家族である兄には見放され、婚約者には蔑ろにされた結果婚約は破棄になる。……本当に、散々なキャラクターよね。
「……ふと、先ほど思い出したことがあってな」
ウィリアム様はニーナが出してくれた紅茶を口に運びながら、何処か懐かしそうに目を細められた。……一体、何を思い出されたのだろうか? そう思っていれば、ウィリアム様は「ずっと昔、アナスタシアと初めて対面した時のことだ」なんておっしゃる。
「……何か、ありましたでしょうか?」
私の曖昧な記憶によれば、特に問題もなく対面は終了したはずだ。アナスタシアの内面は、一瞬で恋に落ちてしまっていたけれど。だから、お兄様に「どうする?」と問いかけられた際、私は「絶対にあのお方が良い!」と言ったものだ。それだけは、割とはっきりと覚えている。
「あの頃のアナスタシアは、可愛らしかったなと思ってな」
……なんだそれは。つまり、今の私は可愛らしくないと言いたいのね。よし、表に出ろ。けんかするぞ。
一瞬そう思ったけれど、割と自覚はあるのよね。可愛らしくない自覚が。
「自分がこの世界のお姫様だと、信じきっていたな」
「……悪かったですね」
「あぁ、それに関しては悪いことだな」
確かに、それに関しては教育に失敗した感じが否めない。それでも、そんなにもはっきりと言わなくてもいいじゃない!
「俺は、あの頃のアナスタシアが好きだった。ずっと、昔のことだったがな」
……うん? でも、ちょっと待って? なんだか、お話が変な方向に行っておりませんか? 好きとか、嫌いとか。だって、記憶にある限りウィリアム様はずっと私のことを嫌っていたはずだもの。
「ちょっと待ってください。私のこと、ずっと嫌っていたのでは?」
目をぱちぱちとさせながらそう問えば、ウィリアム様は「そうだな」と肯定される。それは、矛盾しているのではないだろうか? 好きだけど嫌い。そうおっしゃりたいのだろうか? 本当に、意味が分からない。
「確かに好きだった。でも、その気持ちはすぐに冷めたな。お前は、俺よりもずっと優秀だった。才能があった。だから、ジェレミーと重ねた」
そう告げてこられたウィリアム様の目は、何処となく遠くを見つめていらっしゃった。そのお言葉に、私は納得してしまう。ウィリアム様は昼間おっしゃっていたようにウィリアム様に劣等感を抱かれていた。そして、婚約者となったアナスタシアもとても優秀な令嬢だった。もちろん、性格はあまりよくない。しかし、貴族の令嬢としては完璧だったのだ。
「それを実感したらな、驚くほどすぐに気持ちが冷めた。……あぁ、この人間も俺を置いていく。ジェレミーと、一緒だ。シュトラス公爵と、一緒だって」
そこにお兄様が入るのが意味が分からないのだけれど、お兄様はウィリアム様と幼少期から付き合いがあったから、ある意味入っていて正解なのかもしれない。それに、お兄様も事実とても優秀だしね。
「その感情の裏返しで、俺はお前のことを嫌いになって冷たく当たった」
「……そう、だったのですね」
初めて知った、ウィリアム様の本心。このお方も、ずっと苦しんでいたのだろう。
才能のある婚約者。才能のある弟。才能のある友人。その中に努力型の天才が放り込まれて、病むなという方が無理だった。そして、嫌いの感情はその中で唯一性格が悪かったアナスタシアに向かった。そういうことだろう。
「でも、俺は今それをとても後悔している。……何故だか、わかるか?」
ウィリアム様のそのお言葉は、とても優しげだった。……そんなもの、わかるわけがないじゃない。って、突き放してやろうと思った。でも、言えなかった。だって、それは多分――。
「私が、変わったからですよね?」
アナスタシアの中身が完全に変わってしまったから。きっと、そういうこと。




