聖女と王太子
あれから王宮は大騒ぎだった。
そりゃあ、王太子妃の執務室に行方知れずだった第二王子殿下が現れたのだから。当然と言えば、当然。しかも、窓を突き破っているからね……。そうなったら、騒ぎになるなと言う方が無理で。結局、あの後私は説明に追われた。
ちなみに、ジェレミー様のことを考えて、彼のことを詳しくは話さなかった。一応、私はこれでも気遣いが出来るのよ。……というか、彼とは私自らが決着をつけたい。そう、思っているから。
(しかしまぁ……どうしようかなぁ……)
午後九時半。私はお部屋のソファーに腰掛け、ニーナに入れてもらった就寝前の紅茶を飲んでいると、ふとそんなことを思ってしまった。今、側にはニーナだけがいる。そんなニーナもあと三十分もすれば終業時間。お部屋の外には護衛がいるけれど、実質一人なのよ。
(……一人になると、いろいろと考えちゃうわよね)
ジェレミー様に、私もきちんと向き合えればよかったのに。
そう思うが、記憶が蘇るまでの私は高飛車でわがまま。人のことなど気遣わない人間だった。まぁ、乙女ゲームで悪役として設定されたキャラクターだったし。そんなこんなで、それは無理だったのだろう。
そして、何よりも――……。
「……ジェレミー様は、アナスタシアのことを好いていたのよね」
あの言動を聞くに、私はそう思ってしまった。ジェレミー様は、アナスタシアのことが本気で好きだった。けど、アナスタシアは兄であるウィリアム様の婚約者。しかも、べた惚れ。そうなれば……あんな暴挙に出たのも、ある意味納得ができる。恋とは人を盲目にし、愚かにもするものだから。
「……あ~あ、もうどうにでもなぁ~れ!」
なんて呪文を唱えたら、すべてが解決するなんてことはないだろうか。
そんなことを思って、私がソファーの背もたれにもたれかかったときだった。不意に、お部屋の扉がノックされる。……一体、誰? 淑女のお部屋にこんな時間に訪ねてくる輩は。
「は~い」
しかし、ニーナはそんなこと考えもせずに扉の方に向かう。
そして、扉を開けた。すると、そこには――ほかでもないウィリアム様がいらっしゃって。……いや、どうして突然訪ねてこられるのよ⁉ そう言いたい気持ちを抑え込み、私は「どういったご用件、でしょうか?」と問いかけてみる。
ちなみに、今の私の顔は多分引きつっている。
「いや、特に何でもない。暇になったから、来てみただけだ」
「……王太子としてのお仕事は?」
「……まぁ、そこそこ」
あ、これは逃げてきたやつだ。私はそう直感した。
そもそも、聖女選定の儀が近づいているのだ。王太子の仕事は増えることはあっても、減ることはない。その時点で、ウィリアム様がお仕事から逃げてきたことに気が付くべきだったわね。
「というか、アナスタシアも仕事から逃げているだろ」
「私はいいのです。最終的に間に合えばオッケーなので」
前世でいう、夏休みの宿題みたいなものだ。
最終日に終わろうが、初日に終わらせておこうが。終わればそれでいいのだ。
だから、後々徹夜になったところで、結局は自業自得。……山積みの書類に目を通すのは、結構疲れるわけだし。
「じゃあ、俺もそういうことにしておこう。最終的に間に合えばいいだろって、従者に言っておく」
「いや、従者の人が可哀想なのでやめてあげてください……」
「ならば、アナスタシアもやめるべきだな」
……この男、本当にああいえばこういう状態ね。
ウィリアム様のことだから、おっしゃっているだけで実際にそんな無茶ぶりはされないだろうけれど。なんといっても、お人好しな王家の一員ですからね。
「そういえば、クラウスはいつ辞めるのですか?」
「今日から数えて十日後だ」
ふと思い出したようにそう問いかければ、ウィリアム様は口元を緩めながらそう教えてくださった。……なんだろうか。この穏やかすぎる空間は。
(私も、きちんとウィリアム様に向き合わなくちゃね)
今日のことで、それに関しては嫌というほど実感してしまった。そのため、私はそう思う。
「……お前の、兄、は」
私がそんなことを思っていると、ウィリアム様は突拍子もなくそうおっしゃった。……しかし、どうしていきなりお兄様のことになるの? そう思って私が目を瞬かせてれば、ウィリアム様は「……俺の気持ちを、なんだかんだ言っても汲み取ってくれる」と続けられる。
「……それは一体、どういう意味で?」
どうして、いきなりそんなことをおっしゃるのだろうか?
そう思って私が怪訝そうにそう問いかければ、ウィリアム様は「……お前のこと、だ」とおっしゃり、私のことをまっすぐに見つめてこられる。その赤色の目は、とてもきれいだった。
「お前の兄は、お前のことが大層好きだ。……まぁ、たった一人の家族だから仕方がないのかもしれないがな」
「……そうですね」
私とお兄様は、幼い頃に事故で両親を亡くした。お兄様にとって、私だけが血のつながった家族であり、私にとってもお兄様だけが血のつながった家族だった。
私はお兄様にわがままを言って引っ付いて、困らせた。
……それは、今となっては苦い思い出だけれど、それでも私はそうすることしかできなかった。ずっとずっと、寂しかったのだ。
「あのな、本当のところ、俺の両親が俺とお前の婚約を決めたのは、お前たちの境遇に同情したからだったんだ」
「……そう、ですか」
国王陛下と王妃様が、素晴らしいお人好しなのは今更だ。
でも、まさか息子の結婚についてまでお人好しで決めるなんて。まぁ、私がシュトラス公爵家の令嬢ではなかったら、ここまで上手くはいかなかっただろうけれど。
次回更新は諸事情により三週間後になります。申し訳ございません。
引き続きよろしくお願いいたします……!




