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聖女の決意

「……それが、一体何だっていうんだ」


 それに対して、ジェレミー様は静かにそうおっしゃる。


 その後、ウィリアム様のことを憎々しいとばかりににらみつけていた。


 その目はやはり狂気のようなものをまとっていて、私は怖くなってしまう。これは、悪意だ。憎悪だ。嫌悪感だ。


 人の負の感情は、何よりも他者にダメージを与える。


 でも、私は負けない。負けられない。だって私には、この王国を守るという義務がある。


「だったら、王太子殿下は俺に全部譲ってくれたらよかったのに! アナスタシア様のことも、全部、ぜーんぶ譲ってくれたらよかったのに……!」


 けど、ジェレミー様はただそう叫ぶだけだった。


 今にも泣きだしそうな表情で、私のことを見つめるジェレミー様は、まるで行方をくらませる前のままにも見えてしまう。


 しかし、ジェレミー様は壊れてしまっている。もう、元の関係に戻ることは出来ない。


 だから、私にできることは――……。


「……ジェレミー様」


 そう思って、私が口を開こうとしたときだった。


 私よりも先に、ミアが口を開いた。


 いきなりの展開に私が目を見開けば、ウィリアム様も目を見開いていた。


 そんな私たちを無視して、ミアは「……私に、貴方の気持ちは、よくわかりません」と静かに告げる。


「だけど、私は王太子殿下のお気持ちは、よくわかります。私も、弟が可愛いです。心の奥底から、そう思っています」


 静かな声。なのに、とても迫力のある声。


 それはきっと、ミアの覇気が伝わってきたからだろう。それに驚いて息を呑めば、ミアは「……でも、だからと言って」と述べ、そこでいったん言葉を区切る。


 そして、ジェレミー様のことをまっすぐに見つめていた。


「でも、だからと言ってすべてを譲るなんてこと、できません。私には私の幸せがありますし、弟には弟の幸せがあります。すべてを譲ってほしかったなんて言うのは、所詮子供の戯言です」


 そう言って、ミアはジェレミー様に近づいていく。


 私はそれを止めようとするけれど、それよりも先にミアがジェレミー様のふわふわの髪の毛に触れた。


 それから、静かに「……それに、劣等感を抱くことは誰にだってありますよ」と続けていた。


「私、エセルバード様の婚約者に選ばれて、自分でもびっくりしました。けど、エセルバード様に私よりもずっときれいで身分の高い女性が言い寄っているのを見ると、どうしようもない感情を抱きます。きっと、その感情も一種の劣等感なのでしょうね」


 ゆっくりと手を動かして、ミアはジェレミー様の頭をなでながらそう言う。


 その姿は、まるで姉と弟のようにも見えた。……そうだ。ミアの言う通りだ。


 結局、ジェレミー様は駄々をこねられているだけ。それを、正当化しているだけなのだ。


「……そういうの、全部きれいごとだ!」


 しかし、ミアの手をはたいてジェレミー様はそう叫ばれた。


 なのに、その声は露骨に震えていて、涙をぽろぽろとこぼしていた。


 ……きれいごと、か。


「ジェレミー様。この世は、きれいごとだけでは生きていけません。でも、きれいごとが必要な時だって、あるんです」


 ミアの言う通りだし、ジェレミー様のおっしゃっていることも正しい。


 だけど、たまにはきれいごとに夢を見たっていいじゃない? だって、そっちの方が希望があるじゃない。


「もういい! 俺は……俺は、俺自身の手でアナスタシア様を奪ってみせる……!」

「あっ、ジェレミー様……!」


 でも、私の言葉はジェレミー様には響かなかったのかもしれない。


 彼の姿が、ゆっくりと霧になって消えていく。


 ……転移魔法、か。相変わらず、すごい魔法を使うわね。


「……アナスタシア」


 私がジェレミー様のいらっしゃった場所をぼんやりと見つめていると、ウィリアム様は私に声をかけてくださる。そのため、私は「……お部屋、片づけなくちゃいけませんね」と言っておいた。


 無視をしたわけではない。話を逸らし、ごまかしただけだ。


「ごまかすな」


 なのに、ウィリアム様はごまかしに応じてくださらなかった。


 そうおっしゃって、私の手首をつかまれるだけ。


 それから「……俺は、ジェレミーのことを何も知らなかった」と私の目を見て告げてこられる。


「ジェレミーにきちんと向き合っているつもりだった。が、今日の話を聞いてわかった。……俺は、向き合っていたつもりになっていただけだ。アナスタシア、お前は、もう手遅れだと思うか?」


 ウィリアム様はそう問いかけてこられて、私の目を見つめる。


 ……どう、してだろうか。このお方のことを突き放したいのに、突き放せない。


 そのため、私は「今からでも、改善することは出来ると思いますよ」と端的に告げた。


「……こんなの、ただの規模の大きな兄弟喧嘩でしょうから。……いつかは、分かり合えますよ」


 ウィリアム様がジェレミー様に真剣に向き合わなかったのと同時に、ジェレミー様もウィリアム様に真剣に向き合っていなかったのだろう。


 向き合ったつもりになっていて、実際は向き合っていない。それは、誰にでも起こりうること。


 きっと、私も――。


(私も、ウィリアム様と真剣に向き合わなくちゃね)


 離縁をするにしても、しないにしても。


 もうしばらく、このお方と真剣に向き合わなくちゃならない。


 この、ウィリアム・ベル・キストラーという人と。


 アナスタシア・ベル・キストラーとして。

次回更新も二週間後の月曜日または火曜日を予定しております(o_ _)o))

引き続きよろしくお願いいたします……!

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悪役令嬢離縁表紙イラスト

悪役令嬢離縁表紙


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