悪役令嬢とヒロインの影
(……ヒロインのキャンディ様がロイドに近づいた? そして、取引を持ち掛けるなんて)
乙女ゲームの中では、多分だけれどそんなイベントはないと思う。少なくとも、前世の妹からは聞いていない。あの子はこっちが訊いていなくても重要なイベントは大体語ってくれていた……はずだ。そこは、彼女のことを信じたいわ。
(……今思い返せば、キャンディ様の行動は『未来が見えている』ような行動が多かったわね……)
私はアナスタシアの時の記憶を引っ張り出す。ヒロインのキャンディ・シャイドル様はなぜか『未来が見えている』ような行動をしていた。さらには、人のトラウマを的確に解消していた。多分だけれど、私に運が味方をしていなかったら、バッドエンドを迎えたのは間違いなく私の方だろう。
(つまり、ヒロインも乙女ゲームを知っているっていうことよね)
今思えば、彼女の行動には不思議な部分が多すぎる。ということは、転生ヒロインとかそう言うことかしら? そして、ウィリアム様のルートに進もうとして失敗した。そう言うことで、良いのだろうか?
「……正直に言えば、俺はアナスタシア様が毒を盛られたと聞いた時、あの女が一番に思い浮かびましたよ。……あの女は、常にアナスタシア様に害を与えようとしていましたから」
ロイドがそう言って下唇を噛む。これも今思ったのだけれど、そう言えばキャンディ様は私のことを憎悪の籠ったような瞳でにらみつけていたことがあるわね。それに、キャンディ様は断罪されたときにアナスタシアに対して「何か」を叫んでいた。その何かは、よく覚えていないのだけれど。
「でも、キャンディ様は今は幽閉されているはずよ。私に手を出すことはできないはず」
「……あの女は、見た目よりもずっと執念深いですよ。それから……的確に人の心をつかむことができる。それはつまり、人を操ることも出来る」
「それは……誰かがキャンディ様の代わりに私に毒を盛ったということ?」
「えぇ、その可能性はゼロではないかと」
まっすぐに私を見つめてそう言うロイドの瞳は、嘘をついているようには見えなかった。そう言えば、キャンディ様の周りにはいつだって人がいたわ。中には彼女を崇拝している人もいた。……そう、誰かがキャンディ様の仇とばかりに私を殺そうとしたのね。まぁ、そう考えれば可能性は結構高いと思うわ。一方的に憎悪を抱かれても、おかしくはない。
「ロイド、お兄様にこのことをお話した?」
私がロイドにそう問いかければ、ロイドは露骨に視線を逸らす。……あぁ、お話をしていないみたいね。ロイドとお兄様の関係は微妙なのよ。……えぇ、お兄様は私の一番近くにいる男性が自分ではなくロイドなのが気に食わない。ロイドはお兄様の性格が苦手。経営手腕とか公爵としての実力とかは認めていると思うのだけれど。でも、この二人は何かと言い争っているのよね。
「……マテウス様には、その、言えませんから」
「そう、分かった。……私から言うわ」
「……え?」
ロイドは驚愕したような言葉を口に出して、瞳をぱちぱちと瞬かせる。えぇ、えぇ、そう思うでしょうね。少なくとも前までのアナスタシアだったら、自分を殺そうとした犯人が分かりかけているのに、ここまで冷静な対応は出来なかったと思うもの。……でも、私は思ったのよ。私にバグが起こっているように、この世界の人物にもバグが起こっているんじゃないかって。……ううん、違うか。この人たちは乙女ゲームのキャラクターなんかじゃない。この世界に生きている、確かな人物なのだ。プログラミングされただけのキャラクターじゃないの。きちんと生きていて、きちんと意識があるのだ。
「あ、アナスタシア様? その、なんだか……変わりました、ね?」
「え、えぇ、まぁね。……毒を盛られて、性格まで変わっちゃったみたいなのよ」
そう言えば、私はロイドに中身が変わったことを隠し通すつもりだったのよね。まぁ、いろいろな情報を短期間に詰め込まれたせいで忘れてしまっていたわ。……もうこの際、毒を盛られた所為で性格が変わったということで押し通しておこう。
「でも、今はそれよりも重要なことがあるわ。……キャンディ様のこと」
「わかっていますよ、それは」
キャンディ様のことの方が、今は重要よね。私は心の中でそうつぶやきながら、じっとロイドの瞳を見つめた。アナスタシアは、ロイドの瞳が好きだった。……今見ても、綺麗だと思う。
「キャンディ様が何かを企んでいるんだったら、それは確実に止めなくちゃいけないことよ。だって、私はこの国の今年の聖女に選ばれたわけだし、王太子妃なんだもの。……いずれこの立場を投げ出すとしても、今はこの立場にいるの」
私はそう言いながら、数歩だけ足を進める。そして、その後勢いよく振り返ってロイドの瞳をまっすぐに見つめた。
「それに……殺されかけたんだから、彼女にもそれ相応の苦しみを味わっていただかなくちゃね。……それが私、アナスタシアだもの」
別に復讐なんて私は考えちゃいない。でも……きっと、アナスタシアだったらそう言っていただろうな。そう思ったら、自然とそんな言葉が口から出ていた。
(忍び寄ってくるヒロインの影ってか)
別に殺されかけたことを私は恨んではいないわよ。えぇ、恨んではいないの。でも、この世界は確かに人が生きている世界なのよ。自分本位で滅茶苦茶にしていい世界じゃない。
(悪いけれど、私は腐っても今は王太子妃で聖女なのよ。……この国を守るのも、使命じゃない?)
そう思いながら、私は口角を上げた。領地経営もしなくちゃだし、ヒロインの行動も把握しなくちゃ。あぁ、やることが山積みだわ。……これも、後々のスローライフの為よね。だから、我慢しなくちゃいけないの。私は自らにそう言い聞かせていた。
この小説は現状三部構成の予定です(o_ _)o))




