悪役令嬢の目覚め
その日、私は唐突に前世の記憶を思い出した。
「アナスタシア様!」
寝台から飛び起きた私に、専属侍女が慌てて近寄ってくる。アナスタシア。その名前に、私は確かに聞き覚えがある。それは間違いなく私の名前だった。それは間違いない。でも、今はその名前が私の名前だとは信じたくなかった。
それと同時に、前世の記憶と今世の記憶が私の頭の中に同時に流れ込んでくる。そして、理解した。
――ここが、前世の妹が嵌まっていた乙女ゲーム『キャンディと聖女と神秘の薔薇』の世界だと。それから、私が悪役令嬢であるアナスタシア・シュトラスに転生したということ。
「私……悪役、令嬢……!」
「アナスタシア様!」
専属侍女が私の身体を揺さぶる。普段の私ならば、無礼だと怒っただろう。しかし、今の私はそれどころではない。乙女ゲーム、悪役令嬢。その単語が、脳内を駆け巡って……また、意識を失った。
☆★☆
乙女ゲーム『キャンディと聖女と神秘の薔薇』
それは私の前世の妹がやたらと嵌まっていた乙女ゲームの名前だ。ストーリーとしては、確か末端男爵家の令嬢であるキャンディが聖女候補に選ばれ、聖女選定の儀に臨む。そこで四人の異性と恋をするというファンタジーな世界が舞台のもの。最後に攻略対象から神秘の薔薇を渡されるのが見どころ……だと妹は語っていた。攻略対象は冷血なクール系王太子。俺様な悪役令嬢の兄。明るいけれどヤンデレ枠のクール王子の従者。あと一人は……よく覚えていない。うん、私興味ないことは覚えない性格だから。でも、大体枠からして騎士とかそういうところだろう。
そして、この乙女ゲームには一人のお邪魔キャラ……世に言う悪役令嬢が登場する。それがアナスタシア・シュトラス。聖女候補の筆頭であり、王太子の婚約者。高飛車で嫌な女という典型的な悪役キャラ要素に合わせ、大体のことはこなすという天才肌というオプション付き。容姿も乙女ゲームのキャラクターらしく、とても整っている。そんな悪役令嬢のアナスタシア・シュトラスに私は転生してしまったらしい。
(……いや、今はアナスタシア・ベル・キストラーか)
私は寝台に寝転がり、天井を見上げながらそんなことを考えていた。あれから数時間後。私はようやく冷静さを取り戻し、記憶の整理がついた。
まず、この世界は乙女ゲームが終了した後の世界だった。つまり、乙女ゲームのストーリの軸となる『聖女選定の儀』は終了していた。普通のエンディングを迎えれば、悪役令嬢であるアナスタシアは死亡エンド又は国外追放エンドを迎えているはずだ。でも、今の私はふかふかの寝台に寝転がっており、着ているワンピースも超一流の物。とてもではないが、国外追放された人間には見えない。そう、悪役令嬢であるアナスタシアは破滅していないのだ。
(ヒロインであるキャンディは王太子を誑かした罪により幽閉されたらしいのよね)
そして、一番私を驚かせたこと。それは……ヒロインキャンディが乙女ゲーム内で言うバッドエンドを迎えていたということだった。この乙女ゲームでは、ヒロインが王太子ルートでバッドエンドを迎えると悪役令嬢であるアナスタシアがそのまま王太子と婚姻する。私の記憶が正しいと、どうやらヒロインはバッドエンドを迎え、悪役令嬢であるアナスタシアが王太子妃になっているようなのだ。……ヒロイン、なんてことをしてくれているのよ。王太子妃なんて面倒だわ。
(それから、私は毒殺されかけて二週間生死を彷徨ったのよね)
それから、一番の重大事項。それが、私が記憶を取り戻したきっかけだ。王太子妃であるアナスタシアは各方面から嫉妬されている。そのせいなのか、アナスタシアは毒を盛られ二週間生死を彷徨ったのだ。ちなみにではあるが、旦那様である王太子は一度見舞いに来たきり。ここまで言えば大体想像ができるだろうが、夫婦仲は冷え切っている。
「……愛されない王太子妃ってか。はぁ~、嫌になるわ」
天井を見上げながら私はそうつぶやく。あぁ、でも記憶が戻ったばかりで頭が痛いからとりあえず眠ろう。私はそう思って、ゆっくりと目を閉じるのだった。