第四章 ハント~次なるゲーム~
国際博覧会閉会から半月後、私にハントの招待状が届いた。
「アッシャー様からだわ……場所はグリーン伯爵邸。シャーロットのお屋敷よ」
「行くの、マヤ?」
「ええ、もちろん。虎穴に入らずんば虎子を得ず……やってみるしかないわね」
私は便箋に承諾の返事をし、更にリアンとデヴィン、エヴァン、そしてシャーロットにも手紙を書いて秘書に渡した。
(ゲームはまだ終わってないわ、レイラ・ジラール……!)
私は部屋の片隅に置かれたチェス盤の白のクィーンとキングを見据えた。ライアンのため、国のため、自分のために、私は静かに闘志を燃やしていた。
一週間後、私は乗馬服を着て馬を連れ、グリーン伯爵邸へと訪れた。私は主人であるグリーン伯爵に挨拶をした。
「グリーン伯爵、お初にお目にかかります、マヤ・クラキです。この度は領地にお招きいただきありがとうございます」
グリーン伯爵は枯草色に少し灰色がかった青い瞳をした三十歳ほどの男性だった。男性らしいしっかりとした肩幅と対照的に穏やかそうな紳士だった。
「これはご丁寧に、マヤ殿。貴殿のことは妻からよく聞いているよ。何もない田舎の領地だが、今日は楽しんでいってほしい」
私は馬を従僕に預け、ホールへと向かった。ホールにはシャーロットが忙しく立ち回っていた。
「シャーロット!今日は会えて嬉しいわ」
「マヤ!来てくれたのね。せっかくのんびりした領地に嫁いだのに、王族まで来てハントだなんて!でも、マヤに会えて嬉しいわ」
「お疲れ様、シャーロット。何か手伝うことはある?」
「あなたは良いのよ、主人の招待客なんだから。初めてのハントだけど、大丈夫?あなた、猟犬連れてないけれど」
「ええ、エヴァンに軽く手ほどきを受けてきたから」
やがて、グリーン伯爵邸に王族たちの馬車と馬が到着した。王が馬車から降り、続いてアッシャーの馬車が到着し、最後の馬車からライアン、そしてレイラが現れた。
「国王陛下、並びに殿下、この度は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
「堅苦しい挨拶は良い。今日は無礼講だ。私はハントを見学させてもらう」
王は鷹揚に手を振り、テラスに用意された一番立派なソファーに腰掛けた。ライアンに手を差し伸べられて、馬車から降りたレイラはシャーロットににこやかに挨拶をしてホールの席に腰を下ろした。青毛に額と足が白い、愛馬を引いた私にアッシャーが近寄って来た。アッシャーは親し気に微笑む。秋の陽光に金髪が煌めく。
「マヤ殿、今日は参加してくれてありがとう。ハントは初めてだったよね?」
「ええ」
「それじゃあ、僕が簡単に説明しよう。ハントはシュートと違って銃を使わず、馬に乗り、猟犬を使ってキツネを狩る。実に単純なものだ」
集められた猟犬たちが猟を今か今かと待ち構えている。
「僕たちの犬たちはあそこに。あなたの犬は?」
「ご心配には及びません。後程お目にかけますわ」
葦毛の馬に乗ったアッシャーと白馬のライアンに並んでいる。
「それでは、ハントを開始しますが、マヤ様、猟犬を」
「はい……何処より参ぜよ、来訪者。我が血を代償に我が呼び声に応えたまえ。我が名はマヤ・クラキ。いざ現れん!」
私は十枚の魔法陣に血を垂らすと羊皮紙が輝く。ポンという音が続々と鳴って、犬型の魔獣が現れる。色とりどりの魔獣たちが私の元に駆け寄ってくる。周囲から感嘆の声が漏れる。
「流石だね、マヤ殿。さて、手塩にかけた我らが猟犬か、それともマヤ殿の魔獣かどちらが優秀か競おうではないか」
アッシャーが愉快そうに笑った。ライアンはレイラに向かって小さく手を振った。
それを見た私はちくりと胸に痛みが走るが、レイラの前でそんな表情を見せるわけにはいかなかった。しかし、レイラはそんなことお見通しといった顔で私の方をちらりと視線を向けた。
「それでは、国王陛下、ゲームの宣告を」
「……開始」
国王の合図とともに、私たちは犬を連れ、田園を飛び出した。
収穫を終えた畑を走り、森の中へと駆け抜けていく。
馬に乗る疾走感、風景が流れるように過ぎ去っていく。私は一時の解放感に身を委ねた。
魔獣たちがキツネの匂いを嗅ぎ取り、森の奥へと進んでいく。私は更に森の深くに馬を走らせた。
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