幕間 第一王子と川下り
私は午後の時間を執務室で過ごしていた。訓練の間も仕事は容赦なく溜まっていく。
しかし、少し運動したせいか、逆に目が冴えて執務にも身が入る。
その時、秘書が一通の招待状を持って来た。
「この蝋風のシーリングスタンプって王家の紋章……もしかして、ライアン様?」
私がペーパーナイフで開けると、そこにあった名前は予想と異なっていた。
「嘘でしょ!?なんでアッシャー様が私に?」
「なんて書いてあるの?マヤ」
「えっと、明日ブルックリン川で遊覧船に乗りませんかって書いてあるよ」
「どうするの、マヤ?」
「相手は王子様だしお断りするわけにもいかないでしょう。承諾のお返事を書かなくては」
私は便箋を取り出し、急いで返事を書いて秘書に渡した。
「何かライアン様について話が聞けると良いけど」
「とりあえず、明日の分まで仕事しないとだね」
「そうね、オーベロン……もうひと頑張りだわ」
私は腕まくりをして書類の山に取り掛かった。
私は翌日エミリーに支度してもらい、薄緑色の夏らしいドレスに身を包み、日傘を持って船着き場へと向かった。
(連日の訓練で日中紫外線と砂ぼこりにまみれているから、今更日傘なんて差しても仕方ないけど……これも淑女の嗜みってことよね)
船着き場に着くとそこには華麗に装飾されたボートが一艘浮かんでいた。
「よく来てくださった、マヤ殿。お手をどうぞ」
「この度はお招きありがとうございます、アッシャー様。遊覧船なんて初めてですわ」
「揺れますからお気をつけて。ええ、少々趣向を凝らしてみたのだけど。
以前、あなたが僕と一緒のところを見られたら街を歩けないと言っていたから」
「まぁ、本気になさいましたの。それは失礼を」
「いや、お気になさらず。王族というのはどこに行っても注目される存在だからね……天幕を下ろそう。日差しからも視線からも隔絶されて、これで二人きりでだ」
「ご配慮痛み入ります」
二人は船頭に任せてゆっくりと川を下っていった。
街をこんな風に見て回ると、いつもと違う顔が見えてくる。
「この川って水がとても綺麗でインフラの整備も行き届いているし、多くの船が行き交っているのに、どの船もとてもマナーが良いわ。素敵な国ですね」
「異世界から来た貴殿に言われると嬉しいものだね。
あちらではもっと文明が進んでいると聞いたけど」
「そうですね、魔法というエネルギーが無い分、他の資源を使って補っています。しかし、それが原因で環境問題を引き起こしているんです。 その点、この世界の自然は素晴らしいですわ。ほら、こんな都市部の川なのに、お魚が泳いでいるのが見えます」
「そうですね。でも、それは一部の魔法使いたちや魔法資源に依存しているということでもあるのだよ。僕のように無力な人間には肩身の狭い話だ」
「あら、アッシャー様はウィロウ王立魔法学園の出身ではないのですか?」
「ええ。僕には魔法使いの素養が無かったもので。
魔法も使えて、勉強もできる弟とよく比べられてはいたたまれない思いをしたものだ……おっと、こんな話をするつもりは無かったんだけれど、
マヤ殿と話しているとついつい口が軽くなってしまった」
「王族の方でしたら、大変なストレスの中でお暮しですよ。
私で良ければいつでもお話くらいお聞きしますわ。ご兄弟の仲はよろしいんですか?」
「……異母兄弟だからね。仲良しとまでは言わないけれど、悪くはないんじゃないですかな。たまにゲームも一緒にするよ」
「ライアン様はいかがなさっていますか?もう長いことお話していなくって」
「ライアンは変わりないよ。時々レイラ嬢と一緒に王宮や王都を見て回っているようだ。先日はオペラを見に行ったと聞いたよ」
「……そうですか」
「そうだ、秋になったら一緒にハントに行かないかい?ライアンも一緒に」
「本当ですか?是非行きたいです」
「僕もハントに関しては自信があってね。三人で競争するのも楽しそうだ」
それから二人は和やかに歓談した。
揺れた拍子にアッシャーが後ろに身を投げ出され、私はその体を支えた。
「大丈夫ですか、アッシャー様?」
「支えてくれてありがとう、マヤ殿」
艶やかな長い金髪をすくいあげながら、にっこりと微笑んだ顔はライアンに似ていて、どこかが決定的に違っていた。
(どうしているのかな、ライアン……)
私もアッシャーに向かって笑いかけながらも、その思いを振り切ることができなかった。
やがて船は下流の船着き場に着いた。そこからは待機させていた馬車に乗り、街へと戻った。
「それでは楽しい一日をありがとうございました、アッシャー様」
「こちらこそ。いずれまた」
アッシャーはそう言い残すと王宮へと帰っていった。
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次回からエヴァン編に入ります。
どうぞお付き合いよろしくお願いいたします。




