第三章 国際博覧会と恋の行方~星物語~
二人は再び並んでベンチに座っていた。
「寒くはないかね?」
そう言いながらもリアンはジャケットを脱いで私の膝にかけた。
その時首の後ろに紫色の蝶の刺青がうっすら光って見えた。
「ありがとうございます」
「なに、紳士として当然の振る舞いだ」
リアンは冷徹な態度を崩さない。ジャケットに残るリアンの温もり頼りに私は会話を続ける。
「でも、この季節でこの場所で不幸中の幸いというべきでしょうか」
「そうだね。やれやれ、暖かいが腹は減ったな」
「あの……今日、機会があればと思って作って来たんですけど」
「それは確か……」
「サンドイッチとハーブティーです」
私はバスケットの中から包みを取り出して、リアンに渡した。
「懐かしい、な……一つ頂くよ」
リアンは頭痛を堪えながら、一つ取り出して食べ始めた。
それから、ハーブティーをこくりと飲む。
「美味しい。そうだ、こんな味だったね……あれはいつのことだったか」
ますます頭痛が激しくなってきた様子でリアンは頭を抱える。
「リアン先輩、無理しないでください」
「いや、私が思い出したいんだ……だが、頭がはっきりしない」
私はリアン先輩の背中をさすりながら、空を見上げた。
「ほら、リアン先輩。熊手が見えますよ」
「熊手……ああ、月か」
植物園の天井はドーム状のガラス張りになっており、夜空が良く見えた。
「大好きな夜空を見ていれば、きっと楽になります」
「ここから見える夜空もなかなかだな」
「何か、星について教えてください」
私はリアンの気を紛らわそうと話をねだった。
するとリアンの表情がほんの少し和らぐ。
「そうだね……昔全知全能たる我らが父のそのまた父である時を司る神がこの世を治めていたころ、全ての生き物は老いることもなく、ありとあらゆる恵みが地上にあふれ、苦痛も死も無く幸せに暮らしていました」
リアンは夢を見るように語りだした。
それは子供に言い聞かすように穏やかで優しい口調だった。
「ところがある日豊穣の女神の美しい娘が冥界の王にさらわれ、そこでザクロを三粒口にしてしまいました。このため、一年のうち三か月を娘は冥界で暮らさねばならなくなりました。これに悲しんだ豊穣の女神は悲しみ、作物は実らず、草木の枯れる冬が生まれました。これを銀の時代といいます。そして人々の間に争いが生まれ、神々は人間を見捨て天界へとお戻りなってしまいました」
「それから?」
「けれど、人々は殺人の罪だけは行わなかったため、正義の女神とその妹の慈悲の女神だけが地上に残られました。二柱は正義を人々に説いて、争いが起こるとその手に持つ公正なる量りで裁きました。しかし、人々は耳を貸さずとうとう肉親同士でも殺し合いが始まり、嘆いた二柱の女神たちは天界に上っていかれました」
リアンの指がすっと迷いなく星を辿り、二つの模様を夜空に描いた。
「あれが慈悲の女神と正義の女神の量りだよ」
その時、流れ星が一つ頭上を流れた。
「ああ、そうだ。君が確かあの時『流星が消えるまでに願い事をすると叶う』って」
リアンはふっと私の方を見た。
その黒い瞳に月の輝きが反射して、夜空を閉じ込めたようだった。
二人の視線が見つめ合い、目が離せなくなる。
二人の手が重なって、リアンの細い指と指が絡み合う。
「リアン先輩にはたくさん教えてもらいました。北極星の見つけ方に豊作になる星の相や、凶兆を現す箒星。それから二人で流れ星を見ました」
私はリアンの顔に片手を添えて、その頬に触れる。ぬくもりが伝わってくる。
「あの時、リアン先輩は何をお願いしたんですか?」
「それは……君には言えない」
うっとリアンが呻いて、私に向かって倒れこんできた。
私はリアンをなんとか受け止め、抱きしめた。
ふわりとリアンの首元から何かが飛び立っていく気配がした。
「リアン先輩、大丈夫ですか?!」
私はリアンの頭をそっと膝に乗せ、ボタンを外し、首元を覗き込む。
そこに紫色の蝶の刺青は消えていた。好感度も確認すると赤いハートが漂っている。
一応、疲れとジャケットを脱いだために風邪をひいたのではないかと額をくっつけて熱を測ってみる。やがてリアンが意識を取り戻す。
「マヤ君!?一体何をしてるんだい?!」
リアンがこんなに取り乱すのを見た人間は少ないだろうなと私は思った。
「リアン先輩が突然意識を無くされたので、急なご病気ではないかと思い、確認していました」
「それにしたって方法があるだろう?!」
「失礼しました。実はリアン先輩にお話があるんです」
「話だって?何かあったのかい?」
リアンは眼鏡をかけなおしながらそう尋ねた。
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まだまだ長いお話は続きます。
どうぞお付き合いよろしくお願いいたします。




