第六章 夏のデートイベント~デヴィン~
フリルトレースとドレスと
学園に戻ってきてから、残りひと月以上ある休みをどうしようか悩んだ。
鍛錬と教師とシャーロットから出された宿題をやってしまうと、何もやることが無かった。
(そういえばシャーロットが王都を見て回ると良いって言ってたっけ)
私は初めて街に出かけてみることにした。
服は寝間着の他は道着、乗馬服、制服しか持っていなかったので制服を着た。
(石とレンガ造りの家々、遠くに麦とブドウの畑……まるで近世のヨーロッパに来たみたい)
人々は燕尾服か労働者はジャケットにズボン、女性はドレスか丈の長いワンピースを着ている。
シルクハットやハンチング帽子など頭の上まで服装を気遣っている。
(なんかチラチラ視線を感じるのよね……)
王立学園の制服が珍しいのか、それとも異邦人である私の顔立ちがそぐわないのか。
どちらにしても、どうしようもない話であるので私は気にせず商店を一つ一つ見て回った。
その時、後ろから声をかけられた。
「失礼、クラキ先輩じゃないですか?」
「デヴィン君。偶然ね」
デヴィンは馬車から降りてきた。
銀髪を煌めかせ、きちんとした燕尾服に身を包んでいる。
その所作も立派な紳士のようにきびきびとした動きである。
「どうしてそんな恰好をしているんですか?」
「これ?私、制服しか持っていなくって。どこかおかしい?」
「学園内ならともかく、年頃の女性がそんな丈の短いスカートで出歩くのははしたないんです」
「そうだったの?!」
制服は膝丈の黒のワンピースで黒のストッキングに編み上げブーツだ。
クラシカルなこの制服を気に入っていたのだが、まさか外では非常識だとは知らなかった。
私は急に恥ずかしくなった。
「クラキ先輩は王国の神官長によって公式に召喚されたんですから、必要なお金は貰っているでしょう?」
「いえ、私はまだ何も出来ていないのに国民の皆様の血税をむやみに使うわけにはいかないなって。と、とりあえず、学園に帰るわ!」
はぁとデヴィンは深い溜息をついた。
慌てて踵を返そうとする私の前にデヴィンが立ちはだかった。
「いいですか、ウィロウ王立魔法学園の生徒は上級階級の子息や令嬢が多いんです。
普段着だけじゃなくドレスの数着でも持っていないなんて恰好がつきません」
「でも……」
ああ、もうとデヴィンは焦れたように馬車に私を強引に乗せた。
「ヴィヴィアン洋服店まで!」
御者に告げると馬が走りだした。
馬車の中で私は身を小さくして乗っていた。
そういう事情なら自意識過剰ではなくみんなが視線を向けるはずである。
学園の中でしか過ごしてきてなかった私はカルチャーショックを受けた。
「お着きになられましたよ、坊ちゃん」
「しばらくここにいてくれ」
デヴィンは馬車から降りるとそっと手を差し出した。
「え?」
「女性をエスコートするのは紳士として当然でしょう?」
私は恐る恐るその手を取り、馬車を降りた。
洋服店に入ると、そこは華やかなフリルとリボンの支配する世界だった。
あまりにきらびやかな店内に目を丸くする私を横目に、店員がデヴィンに話しかける。
「ハートウィック様、来店ありがとうございます。本日のご用向きは?」
「彼女に似合うドレスとブラウスとスカートを」
「そんな、デヴィン君、私お金持って来てないよ!?」
色とりどりのドレスが飾られた店内で黒い簡素なワンピースを着た私は浮いていた。
私は慌ててデヴィンに詰め寄った。憮然とした表情でデヴィンは私を見た。
「レディにそのようなことはさせません。それに我がハートウィック家の財力を甘く見てもらっては困ります」
さあさあと私は女性の店員たちが群がり、採寸が始まった。
私はなす術もなく、されるがまま言われるがままに次々と試着を繰り返していった。
「うん、青のドレスと金色のドレスが似合うな。
その黒い髪と瞳によく合っている。それと緑と臙脂のワンピースも貰おう」
「帽子はいかがいたしますか?手袋は?」
「合わせてくれたものでいい。一式頼む。金色のドレスを着せてくれ」
かしこまりましたと店員たちはしずしずと従った。
「会計はハートウィック家につけておいてくれ」
「かしこまりました」
「デヴィン君、こんなにたくさん、買ってもらえないよ!」
「良いんですよ、クラキ先輩。そろそろお昼です。
では代わりに昼食を一緒にとっていただけますか?」
琥珀色の瞳を潤ませてデヴィンは私を見つめてきた。
その濡れた宝石の様な瞳から逃れられず、私はこくりと頷いた。
私の同意を得たデヴィンの表情が和らぐ。
その柔らかな表情を見ると私の心も嬉しさと安心感が満ちた。
「それでは、残りの服はウィロウ王立魔法学園のマヤ・クラキ様宛に届けさせていただきます」
ありがとうございましたと店員たちは深々と叩頭した。
私はすべすべとしたシルクの感触と店員たちの対応に落ち着かない気持ちで再び馬車に乗り込んだ。
「よく似合っていますよ、クラキ先輩。もっと気を楽にして下さい」
「ありがとう、デヴィン君。こういう服着るの初めてだから落ち着かなくって」
「じきに慣れますよ……ほら、着きました」
どうぞと再び手を差し出される。
私はドレスの裾を踏まないように気をつけながら、デヴィンの手を取る。
そこは豪華なお城の様なレストランだった。
「ハートウィック様、予約承っております。こちらへどうぞ」
私はデヴィンにエスコートされながら窓際の一席に案内された。
私はシャーロットに教わったマナー通りに行動した。
次々とフルコースで豪勢な料理が供される。
私はタラの白ワイン煮込みとマスタード添えを食べながら尋ねた。
「デヴィン君、今日はどうしてこんなことしてくれたの?」
「本当は妹と食事に来る予定だったのですが、妹が急に体調を崩しまして。暇なので街を散策していたらクラキ先輩に出会ったんです」
「妹さん、心配ね。でも、こんなにたくさんお世話になっちゃって申し訳ないよ」
「そんなこと言わないでください。実はこれはお礼なんです。クラキ先輩に教えてもらったドミニク語の試験無事通りました。しかも今までで一番良い成績で」
「それは良かったわ。おめでとう、デヴィン君」
「ありがとうございます。家が商家なので言語についてはしっかり勉強するよう、父にきつく言われているんです。でも僕は外国語が苦手で。特にドミニク語はこの大陸の言語の起源と言われる言葉で古くて体系が曖昧で困っていたんです」
「おうちが立派なのも大変なのね……」
バリバリの庶民だった私にはほど遠い悩みである。
しかし、当人にとっては切実な悩みなのだろう。
デヴィンは努力家なのだなと私はタラを咀嚼しながら思った。
「仕方ないことです。でも僕は運が良いと思います。魔法の才能があったおかげで、高い身分の子息や令嬢が通うウィロウ王立魔法学園に入学できたんですから。ここで得たコネクションは将来役に立ちます」
「……今から、そんな将来のために生きて大変じゃない?
せっかくの自由な学生生活なんだから、デヴィン君の好きなように過ごしたらいいのに。
だって、デヴィン君にとって大切な時間でしょう。
一緒にいて楽しい相手とたくさん思い出を作ったら?」
デヴィンは虚を突かれたような顔をした。
いつもの取り巻きのお姉さま方に囲まれている時の・・・・・・言ってしまえばどこかあざとい笑顔が剥がれ落ちた。
そこにいたのは年相応の少年だった。
取り繕うように、慌ててデヴィンは笑顔を作った。
「僕は十分学生生活を楽しんでいますよ。どんどん食べてください、クラキ先輩」
それからは当たり障りのない会話をして、学園へと戻った。
「それでは、僕は実家に帰ります。また新学期に」
「今日は楽しかった。ありがとう、デヴィン君」
「いいえ、こちらこそ。それではさようなら、マヤ先輩」
ん?なんか今呼び名が変わったようなと思いながらも私は自室に戻った。
すると山の様な衣装箱が積み上げられていた。
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夏の個人イベント発生中です。
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※話を統合しましたので、話数が変化しております。途中までお読みだった方すみません。




