第三章 恋の始め方~素敵な淑女に~
淑女の嗜み
「ただいまー。マヤったらもうまたこんなに散らかして。あれ、マヤ布団被ってどうしたの?」
同室のシャーロットが帰って来た。
「シャーロットぉ!」
マヤは気心の知れた同室の友人の胸に飛び込んだ。
同性としては羨ましい限りのふくよかな胸に顔をうずめる。
「マヤがこんなに落ち込んでるなんて珍しいわね。何かあったの?」
シャーロットは少し金がかかった黄色い豊かな髪と同色の狐の尻尾と耳を持つ獣人のハーフだった。その容姿は学年でも有数の美人に入るだろう。
「私、どうしても恋をしなきゃいけなくて。その上、人生で一度も恋とかしたことなくてわからなくて。でも、その相手にはすっごく嫌われているの。これからどうしたら良いと思う?」
「恋ってしなきゃいけないものじゃないでしょ?」
「私が恋を成就させないと世界が滅んじゃうの!」
ふーんとシャーロットは見事な毛並みの尻尾をブラッシングしながら考え込んだ。
悩む姿も大人っぽく、軽く尖らせた唇から色気が漂う。
「よくわかんないけど、マヤは異邦人で救世主だもんね。
わかった、このシャーロット先生がマヤの恋を応援する!」
「ありがとう!で、どうしたらいいのかな?」
「まずはおしゃれね。それから女の子らしい気配りを身に付けるの」
あっと私は声を上げた。
(それで教養と美容のパラメーターがあったんだ……)
「日中はあたしに付いて令嬢とはどう振舞うべきか学んで。朝と夕は美容体操とメイクを勉強するの」
はいっと元気よくマヤは返事をした。
それからシャーロットによる猛特訓が始まった。
「く、苦しい……シャーロット、肋骨折れて内臓出そう」
「コルセットは女性の嗜みよ!というか、今までよくこんな下着でいたわね……」
ぎゅうぎゅうと私は朝からコルセットで身体を拘束された。
「あっちの世界ではこれが普通なんだよ」
「終わったわ。流石に鍛えているだけあってスタイルはそんなに悪くないわね。胸が少し足りないけど」
うっと私は胸を押さえる。
「髪も香油をつけて、よく梳かすこと。無造作に三つ編みしてたら髪が痛んじゃうわ。せっかくこしのある綺麗な黒髪をしているんだから。ケアも万全にね」
鏡台の前でシャーロットに髪を梳いてもらう。香油の芳しい香りが漂ってくる。
「ごめんね、シャーロット。手間かけさせちゃって」
「良いのよ。実を言うとアタシの実家は貧乏貴族でね、家柄を見込まれてマヤの世話係に推薦されたの。それで学費が免除されているから……だけど、マヤは妖精とばかり話していて、アタシのことちっとも頼ってくれなかったから寂しかったわ」
私はその話を聞いてびっくりした。なんと返事をしたらいいか分からず、鏡に映るシャーロットと目を合わせる。
「だから、アタシができることは全部マヤに教えてあげる。立派なレディにしてみせるわ」
シャーロットはにっこりと笑った。私もまた鏡越しに微笑み返した。
それから、シャーロットと友達の令嬢とともに私は徐々に社交術を身に付けていった。
何もわからない私にシャーロットやシャーロットの友人も優しく教えてくれた。
勉強と鍛錬ばかりだった私にとって新鮮で難解なこともあったが、彼女たちとの交流は楽しいものだった。
こうして一か月間ひたすら美容と教養に時間をかけた。
するとステータスで美容と教養の値が他の値に比べれば上がり幅は小さいが、着実に上がっていた。




