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時は流れるままに 80

「懐かしいだろ、誠!」 

「そんなに懐かしいほど離れていません。先月だって画材取りに戻ったし」 

 高速から降りて下町の風景を見るといつも要はハイになる。あちこち眺めている要をめんどくさそうに見つめるアイシャ。

 確かに新興住宅街が多い豊川とはまるで街の様子が違った。車はそれなりに走っているが歩いている人も多く、屋根瓦の二階家や柳の植えられた街路樹など、下町の雰囲気を漂わせる光景が要には珍しいのだろうと思っていた。

「でもいいわよね、こういう街。豊川はおんなじ規格の家ばかりで道を覚えるのが面倒で……」 

「どうでもいいが覚えてくれ」 

 カウラに突っ込まれてアイシャが舌を出す。要は完全におのぼりさんのように左右を見回して笑顔を振りまいている。

「胡州の帝都の下町も似たようなものじゃないのか?」 

 大理石の正門が光る工業高校の前の信号を左折させながらカウラが話題を振った。

「あそこはどちらかというと湾岸地区みたいなところだったぜ。もっとぎすぎすしてて餓鬼のころは近づくと怒られたもんだ」 

 要の言葉に誠は納得した。彼女は一応は胡州一の名家のお姫様である。何度かテレビでも見た彼女が育った屋敷町はこのような庶民的な顔の無い街だった。

 湾岸地区や東都租界のような無法地帯は陸軍士官の任務として潜入工作隊員としてもぐりこんだことがあっても、こういう下町の雰囲気は体験する機会は無かったのだろう。

「おい!駄菓子屋があるぞ。寄って行くか?」 

 要の言葉に誠は見慣れた古い店構えを見ていた。昔の懐かしい記憶が再生される。小学生時代から良く通っていた駄菓子屋。子供相手ということで今ぐらいの時間に登校する子供達を目当てに店を開け、彼等がいなくなると店を閉めるという変わったおばあさんがやっている店だった。

「子供じゃないんだから……それにもうすぐ着くんでしょ?」 

 アイシャの言葉に頬を膨らましてにらみつける要。車はそのまま駄菓子屋を通り過ぎると狭い路地に向かって走っていく。

「でも……ここの一方通行はややこしいな」 

 カウラはそういいながら今度は車を左折させた。歩けば二三分の距離だが、路地は狭く車がすれ違えないので一方通行になっている。

 まだ店を開けていない八百屋の角を曲がり、金型工場の横を入ってようやく誠の実家の道場の門が目に入ってきた。

「おい……あれ」 

 要が指をさすまでも無く門のところで箒を使っている和服の女性が目に入る。

「ああ、皆さん!」 

 気がついて手を振るのは誠の母、神前薫だった。

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