時は流れるままに 36
「クリスマスねえ……」
何も無い店の奥に目をやった後、要は注いだウォッカを一口で飲み干した。要のお嬢様としてのクリスマス。
「僕も興味がありますけど」
「ふーん」
そう鼻で笑うと要はしばらく目をつぶった。
「普通の家のとはかなり違うのは確かだな。それにその時期は社交界とやらの盛んな時期でね」
「ほう!社交界と来ましたか!どうです?カウラさん」
粘着質の笑みを浮かべたアイシャがマイク代わりにたこ焼きを箸に突き立ててカウラの前にかざす。そのこっけいな姿にカウラは一瞬戸惑ったが、すぐにアイシャを無視して豚玉に箸をつけた。
「アタシは餓鬼の頃に一、二度顔を出したくらいだけどな、親父もああいう席は苦手だし。まあ西園寺一族では茜が一番得意なんじゃねえかな……ああ、そう言えば叔父貴も……」
そう言うと要はまた一息で小さなグラスの中の透明な色のウォッカをあおる。だが、その言葉の中に登場した叔父貴、つまり嵯峨と社交界が誠の頭の中ではどうしてもつながらなかった。
「隊長が……社交界か?」
カウラも同じことが気になったらしく、烏龍茶を口に運びながら要を見つめている。
「知らねえのか?茜と楓のお袋はエリーゼ・シュトルベルグ。『ゲルパルトの白百合』と呼ばれた社交界の花とか呼ばれてたんだぜ」
『え?』
誠、アイシャ、カウラの視線が淡々と話す要の顔の前で凍りつく。だが、考えてみればそれは事実を繋ぎ合わせれば誰でもわかることだった。
楓と茜。双子の姉妹の母がゲルパルトの有力貴族シュトルベルグ家の姫君だということは三人とも知っている。そしてたまに二人をからかうためにエリーゼの社交界時代の画像や動画を誠達に見せびらかす要は何度も見たことがあった。一応は胡州一の名門西園寺家の一員。部屋住みの三男坊とは言えエリート軍人として将来を約束されていた嵯峨にそんな話の一つや二つあっても不思議ではない。知識では、頭では嵯峨と社交界とのつながりは理解できた。だが今のごみ部屋扱いされる隊長室の住人と見た目はほとんど変わらないのに精悍な雰囲気を漂わせている胡州陸軍大学校時代の嵯峨が三人の頭の中ではどうしてもつながらなかった。
「おいどうした?そんなに引くこと無いだろ?」
凍り付いている誠達に焦ってグラスを置いて声をかける要。理解したいと思いながら、ハンガーで七輪で秋刀魚を焼いて安酒を煽る姿以外が想像できずに固まってしまうのは三人とも同じだった。
「じゃあ社交界の話題はこれくらいにして……クリスマス!クリスマスよね!社交界の催し物が嫌いな西園寺家ではどう過ごしたのかしら?」
話題を変えようとするアイシャの口元が不自然にゆがんでいる。誠も嵯峨の話題から離れようと焼けてきた烏賊ゲソに箸を伸ばして静かに口に運んだ。




