時は流れるままに 17
「いいねえ……部下にお茶を入れさせると言うのは」
心からそう思っているとわかるように湯飲みを抱え込んでコタツに足を入れてきた要。誠は愛想笑いを浮かべながら彼女を見つめていた。しかし、足をコタツに入れたとたん要の顔が不機嫌そうな色に染まった。そしてえしばらくするとコタツの中でばたばたと音がひびく。
「おい!アイシャ!」
「何よ!ここは私が!」
明らかに足を伸ばすために身体を半分以上コタツに沈めているアイシャ。それに対抗して要も足を突き出す。
「子供か?貴様達は」
呆れたようにそう言って湯飲みに口をつけるカウラの視線がゲートのある窓に向かった。
「西園寺。仕事だぞ」
「あぁ?」
アイシャとのコタツの内部抗争に夢中だった要が振り向いた。
ゲート管理の部屋の詰め所の窓にはそれを多い尽くすような巨漢が手を振っていた。
「なんだよ!エンゲルバーグ。出て行きたいなら自分で開けろ!」
「無茶言わないでくださいよ!警備室にいるんだから西園寺さん達が担当じゃないですか?仕事くらいはちゃんとしもらわないと」
その食べすぎを指摘される体型からエンゲルバーグと呼ばれる保安隊技術部法術技術担当士官、ヨハン・シュペルター中尉が顔を覗かせる。誠が目をやるとうれしそうに口に入れたアンパンを振って見せた。
「ったく……オメエはいつも何か食ってるな。少しは減量を考えろよ」
渋々コタツから出た要は再び四つんばいでゲートの操作スイッチに向かう。
「ヨハンさん、学会ですか?」
法術と呼ばれるこの遼州の先住民『リャオ』の持つ脳波異常を利用した空間制御技術。その専門家、そして法術の発現を地球圏社会で初めて公の場で見せ付けることになった『近藤事件』で活躍した誠の能力開発主任と言うのがヨハンの肩書きだった。
事件が起きてもう5ヶ月が経つ今日。法術が戦争に使われることの是非、その能力の発現方法や利用方法に関しての学会が開かれるたびにヨハンは隊を留守にすることが多くなっていた。
「ああ、今度は大麗でやるんだと。ったく情報交換と言いながらそれぞれ情報を出すつもりなんてないんだから会合なんかする必要ないのにねえ……って開いたか」
開いたゲートを見るとヨハンは大きな身体を翻して自分のワンボックスに乗り込んだ。
「ったく」
出て行くヨハンの車を見送ると再び這って戻ってきた要がコタツに足を入れようとする。
「おい!」
「何?」
にらみつけてくる要に挑発的な笑みを浮かべるアイシャ。
「足!」
「長いでしょ?うらやましいんじゃ……って!蹴らないでよ!」
アイシャが叫ぶと同時にがたりとコタツ全体が揺れる。水音がして誠がそちらに視線を向けるとカウラの顔にお茶のしぶきが飛んでいる様が目に入った。
『あ……』
要とアイシャが声をそろえてカウラの顔を見る。カウラは何も言わずにポケットからハンカチを取り出すと静かに顔にかかったお茶を拭った。
「冷めてるから……大丈夫よね?」
「アイシャが餓鬼みてえな事するからだろ?」
「二人とも穏便に……」
カウラの沈黙が恐ろしくて誠も加えた三人は、意味も無い愛想笑いを浮かべる。当然三人の意識は次のカウラの行動に向いていた。
「要、仕事だ」
一言そう言ってカウラはポットと急須に手を伸ばした。ほっと胸をなでおろした要がゲートの方に目をやった。




