時は流れるままに 106
「そうだな……」
もう後には引けない。カウラの表情にはそんな悲壮感すら感じさせるものがあった。
「それではこちらに」
メイド服の女性に連れられて部屋を出て行くカウラが誠達を残して心配そうな表情を残して去っていく。
「それではこちらのお品物はいかがいたしましょうか?」
老紳士の穏やかな口調に再びソファーに腰を下ろした要がその視線を誠に移す。
「僕は使いませんから。それ」
ようやく搾り出した言葉。誠もそれに要が噛み付いてくると思っていた。
「そうなんですの?残念ですわね。神田さん。それはお父様のところに送っていただけませんか?」
「承知しました」
最初からそのつもりだったようであっさりとそう言う要に、誠は一気に全身の力が抜けていくのを感じた。安心したのはアイシャも同じようで震える手で自分を落ち着かせようと紅茶のカップを口元に引き寄せている。
「でも要様の部隊。保安隊とか世間では呼ばれておりますが、大変なお仕事なんでしょうね」
男の言葉に紅茶のカップを置いた要が満足げな笑みを浮かべている。
「確かになかなか大変な力を発揮された方もいらっしゃいますわね」
要の視線が誠に突き刺さる。一般紙でも誠が干渉空間を展開して瞬時に胡州軍の反乱部隊を壊滅させた写真が紙面を賑わせたこともあり、神田も納得したように頷いている。
「そうですね。特に誠ちゃ……いや神前曹長は優秀ですから。どこかの貴族出のサイボーグと違って」
明らかに喧嘩を要に売っているアイシャ。誠も要のお姫様的な物腰に違和感を感じてそれを崩したい衝動に駆られているのは事実だった。
「そうですわね。私の力など微々たる物ですから……まあほとんど休憩所代わりの運用艦のおまけ程度の副長を務めてらっしゃる方にそれを言う権利があればのお話ですけど」
「何?喧嘩売ってるの?」
まるでいつもと逆の光景。要が挑発してそれをアイシャが受けて立つという状況になろうとした。だがアイシャはそれ以上何も言うつもりは無いというように紅茶のカップに手を伸ばす。要も静かに微笑んでいる。
お互い慣れない展開に戸惑っているのだろうか。そんなことを誠は考えていた。
「それにしても要様はいいお友達をお持ちのようですね。先日も烏丸様と大河内様がお見えになって……お二人とも要様の様子をご心配されていましたから」
現在の四大公家の当主は要の父西園寺基義以外はすべて女性という変わった状況だった。次席大公の大河内家。その当主は現在大河内明子が勤めていた。先の内戦で破れて本家が廃され庶家から当主となった烏丸響子。彼女は時々隊に連絡をしてきて同い年で仲のいい嵯峨家当主で第三小隊隊長の楓と雑談に花を咲かせている。
「まあ二人とも妹みたいなものですもの。心配をするのはわたくしの方ですわ。ご迷惑おかけいたしませんでしたか?」
そう言って頬に手を当てて微笑む要。誠はそのいわゆるお嬢様笑いを始めてみて感動しようとしていた。
その時ノックの音が部屋に響いた。




