第8話 継承式
今回から物語がいよいよ本格的に動き始めます
お楽しみに↓↓↓
月日は流れ、7年後─エメラダ王国における成人年齢を迎えるケッツが同時に王位を継承する大切な年だ。
2年前にエレナが冒険家として国を出ていった際にアルフがべそをかいたことを除いては、特に変わりなく健やかに成長した2人は立派な男になっていた。
ケッツの王位継承を翌日に控えた日、アルフは珍しくゾーラの講義を真面目に受けていた。明日は尊敬する兄が王を継承する日だという高揚感が生んだ気まぐれである。
ゾーラに体調を気遣われ、正気を疑われたのは釈然としなかったが、魔道具に関する基礎知識を叩き込んでもらった。
その日は訓練場での時間は取られなかった。なんでも兄と父だけで話があるそうだ。王位継承を明日に控えているのだ、折り入った話もあるだろうと、少しばかりの寂しさを覚えつつもその日はそのまま就寝した。
翌朝。王位継承式当日。
アルフはいつもと全く変わらない時間に自室の扉がノックされる音で目を覚ました。物心ついてからの十数年間で1分たりとも早くも遅くもならない何よりも正確な目覚ましだ。
寝台から身を起こし、メイドと挨拶を交わす。
「おはよう。いい朝だね」
「おはようございます。アルフ様。まさに継承式に相応しい日和かと」
寝台から降りたアルフはメイドに手伝われながら身支度を始める。いい加減自分1人でも出来ると思うのだが、メイドには「アルフ様は私がお世話して差し上げないと満足にお着替えも出来ないと断言致します」と言われてしまった。
式典用のいつもより動きにくい衣服に着替え、朝食を摂りに食堂へ向かう。廊下を行く使用人達は皆いつもより忙しそうだった。
食堂にはいつも通り、何人前なのかわからない無駄に豪勢な朝食が並べられており、アルフが座る席の傍らでは給仕の少女と料理長が誇らしげな顔をして立っていた。おそらく、継承式の日だからいつもより気合いを入れて作った渾身の朝食なのだろう。こんな忙しい日くらい手を抜いたって全然構わないのにと思いながらも、料理長達の好意を嬉しく思った。そしてそれを無下にしないように、見ているだけで胸焼けしそうになるのを我慢しつつ完食した。
継承式はつつがなく進行した。
玉座の間でのエメラダ王国国王の証であり、国の至宝である緋の王具─ゾーラ曰く魔道具の最高峰であり、使用する者を選ぶらしい─の継承に始まり、近衛護衛隊の忠誠の儀、新国王の宣誓、街でのパレードなどだ。その日1日は王族の人望もあり、国全体がお祭り騒ぎとなった。恰幅のよい女店主も、孤児院の院長も、王城の門番も、皆が手を取り合って新国王の誕生を祝った。
アルフは兄が王位を継承し、国民に心から祝福されている様を我が事のように嬉しく思った。これがきっと父が望んでいた国の形なのだろうなとも。
そして、ここにエレナが居ないことに少しばかりの寂寥感を覚えた。彼女にもこの光景を見せてあげたかった。
様々な者達の、様々な思いを呑み込んで、夜は深くなって行く。
祝いの席だからと飲まされた慣れない酒のせいで早々に潰れてしまったアルフは、メイドに運ばれて他の者達よりも早く眠りに落ちた。
◆
夢を見た。
どこまでもどこまでも深い闇の中、小さなこどもが泣いていた。
何か悲しいことがあったのだろうか。
それとも抑えきれぬ憤怒が涙の形をとって表れているのだろうか。
それとも悔しさから滲むものなのか。
それとも…
それとも……
それとも…………
しかし、──の手は鉛になったかのように動かない。喉が詰まっているのか、声をかけることさえ出来ない。
やがて、泣き続けるその子の気持ちが伝播したせいか、無力な自分を嘆いたせいか、──の目からも涙が溢れてきた。
あの子を助けてあげたいと思った。暗い絶望の渦に囚われているその手を取りたいと願った。
──は出ない声を振り絞って叫ぶ「待っていて。必ず助け出すから」と。
やがてそんな夢も微睡みの向こうに消えていった。
★
そして彼─アルフ・ジン・クラインは目を覚ました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
ここで序幕の方をもう一度読んでいただき、第9話を待っていただければと思います。