表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第一幕 始まりの冒険
8/49

第7話 小さな冒険

長かった(?)日常編も残すところあとわずかです!

どうぞほんわかお楽しみくださいませ↓↓↓

 使用人達が忙しなく動き回る場内を、彼らに見つからないように『冒険』するのはかなりのスリルがあった。

 廊下の角から顔だけ覗かせて様子を窺ったり、どうしても逃げられないと思ったら手近な部屋に飛び込んでみたり、アルフが囮になる隙にエレナは隠れてみたり……。

 いつも孤児院のある木立でやるような『冒険ごっこ』とはひと味違った面白さがあり、エレナも、そしてアルフも夢中になって楽しんでいた。


 使用人控室


 訓練場


 講義室


 浴場


 大会議室


 一部の貴族達の住む居住区


 玉座の間


 王の私室


 使用人達を相手にかくれんぼをしながら城のあちこちを『冒険』して回り、エレナに案内した。

 最後に訪れたアルフの部屋のベッドに、2人は勢いよく飛び込む。


「ぷはーーっ! 楽しかった!」


 ふかふかと身体が沈み込む布団に顔を埋めていたエレナが満足そうに息を吐き出す。


「やっと笑ってくれた」

「え?」

「エレナ、城に来てからずっと笑ってなかったよ。気付いてなかった?」

「あ、顔に出てた?」

「うん。だからさっき廊下で話してくれたときにすぐ納得できたんだ」

「そーゆーことかぁ」


 うつぶせになりながら、お互い顔だけを向け合い、そして笑う。


「いつも歩いてる城の中の『冒険』もなかなか楽しかったなぁ」

「ふふ、『冒険』、ね」

「エレナ?」

「うーん、アルフには言っておこうかな。あたしの将来の夢」

「将来の夢? エレナの? 聞きたい!」


 アルフの返事に満足そうに頬を緩めたエレナは、どこか遠くを見つめて言葉を紡ぐ。


「あたしね、15歳になったらこの国を出て、冒険家になりたいんだ」

「え……?」


 それはアルフが予想もしていない答えだった。頭を鈍器で殴られたような衝撃がアルフを襲う。

 思考が止まってしまった頭で、なんとか言葉を絞り出す。


「なんで……?」

「ふふ、そんな顔しないでよ。別にこの国やアルフのことが嫌いだからじゃないよ。むしろ逆」

「逆?」

「うん。アルフって、きっとずっとこの国にいるでしょ? だからあたしが外の世界を冒険して、たまにこの国に帰ってきたらアルフにそのお話をするの! 素敵でしょ?」


 アルフはその様子を想像する。

 王になった兄の補佐をしながら、滅多に国外へ出ることはない日々。たまに帰ってくるエレナの冒険譚はきっと、代わり映えしない毎日の良い清涼剤になるだろう。


「それにね」


 笑顔だったエレナの顔に一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、寂しそうな陰が差す。


「それにね、先生に教えてもらったんだけど、ここからずっと北西に行ったところにエルフの国があるんだって。……そこに行けば会えるんじゃないかなって」

「……エレナのお父さんとお母さん?」

「うん。あたしずっと気になってたの。お父さんとお母さんはなんであたしを捨てたのかなって」

「………………」

「それでね、もしもくだらない理由だったら、1回ずつ殴って言ってやるの! 『あんた達なんかいなくてもあたしは幸せよ』って!」

「エレナ……」


 ベッドから起き上がったエレナはドレスのシワを伸ばしながら言う。


「そろそろ戻ろ。たぶん今頃先生カンカンになってる」


 そして、アルフを振り返って悪戯っ子のような笑顔で


「あたしの『夢』、みんなにはナイショだからね!」


そう言うのだった。


 ◆


「エレナ!! いったいどこに行っていたのですか!!!」


 晩餐会の会場に戻ると、エレナの予想通りカンカンになったイラカの怒号が出迎えた。


「アルフ様までお連れして! ここは孤児院とは違うのですよ! もし何かあったら──」

「待て、イラカ」

「──っ!」


 イラカを片手を挙げて制止したのは、シークだった。

 シークはエレナに近づくと片膝をつき、長い耳が力なく垂れるほど萎縮しきっている彼女に目線を合わせた。


「エレナくん」

「……はい」


 何を言われるのかと身構えるエレナだったが、続くシークの言葉で一気に緊張が解けた。


「楽しかったかね?」

「……っ! はい!!」

「ふふ、それはよかった。……アルフ!」

「はっ!」

「お前は後で説教だ。イラカに余計な心配をかけさせおって」

「こ、国王様! アルフ様は悪くないのです。お叱りになるならエレナを……」

「主催者が招待客に不要の心労を与えたのだ。そこに王子も子供も関係ない。罰するべき者を罰する、これは世の理だ」

「しかし──」

「国王様!」


 尚も食い下がろうとしたイラカの言葉を遮ったのはシークの前に立つエレナだった。


「アルフ……さまを誘ったのは私です。アルフぅ……さまを罰せられるのでしたら、どうかわたしも罰してください!」

「エレナ……」

「……ふむ」


 エレナの言葉に、シークは少しだけ思案するような素振りを見せた後、2人を近くに来るように命じた。


「今回は2人ともに悪かった。よってこれから罰を与える。2人とも目をつぶれ」


 きつく目をつぶって、何をされるのかと身構える2人の脳天にげんこつが落とされた。


「「───っ!!」」


 声にならない悲声を上げて転げ回る2人を、他の子ども達やケッツは笑いながら見ていた。


「これで罰は終わりだ。この件に関して、これ以上の叱責はなしだ。よいな? イラカ」

「はっ、はい! 御心のままに」

「ふふ、お前もいつまでもかしこまらずとも良いものを」

「お戯れを。大恩ある国王様に忠義を尽くすのは私の生きる理由でございます」

「はあ……。お前のその融通の利かん性格だけはなんとかせねばなぁ……」


 シークの最後の言葉は、床を転げ回る音と笑い声にかき消えてしまうのだった。


 夜は更けて行く。

 頭に小さなたんこぶを作った2人が戻った晩餐会は、しかし和やかに進んで行くのだった。






 後日、シークとケッツの食事が以前に比べてはるかに簡素なものになったのは誰にも知られることのない話だ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ