第6話 晩餐会③
孤児院の面々を招いた王城での晩餐会はつつがなく進行した。
始めに国王─シーク・サー・クラインと第1王子ケッツが挨拶し、イラカがそれに答えた。そして、晩餐会の食事を作り上げた料理人達を代表して、料理長のガラカがコースの説明を行い、それから食事という流れだ。
「民と共に食事を摂るまたとない機会だ。私や息子達、作法など気にすることはない。思う存分食べ、語らおうではないか」
コースの初めの品が運ばれてくる際にシークが放ったこの一言で、イラカや孤児院の年長の子ども達の緊張が若干和らいだのをアルフは感じ取った。
カラカラと鳴る、料理を乗せた台車の音が小気味よい。子ども達は椅子の上で今か今かと目を輝かせて落ち着かない様子だ。イラカでさえ少しそわそわしているように見える。
「お待たせいたしました。まずは前菜の『トルガ湾産帆立とカラカラのカルパッチョ』でございます」
給仕の先頭に立っていたのはクーネだった。彼女がまずシークの席に料理を置き、それに続いてケッツ、アルフ、イラカ、子ども達の順番で料理が運ばれた。
「うわあぁ……」
「きれー」
「おいしそう……」
子ども達は目の前の料理に夢中だ。アルフでさえもそうだ。8年間ガラカの料理を食べて育ったアルフだが、ここまで気合いの入った品にはそうそうお目にかかっていない。
エメラダ王国の東にあるトルガ湾で獲れた新鮮な帆立とカラカラ─深海に住む魚で、アルフ達ですら滅多に食べることがない高級魚─を、その日の朝に収穫した野菜と共にカルパッチョにした品だ。
帆立とカラカラの真っ白な皿に添えられた、野菜達の彩りが目に鮮やかだ。
子ども達の様子を見て微笑んでいたシークが食事開始の音頭をとる。
「では皆、炎の神に感謝を」
「「「「感謝を!」」」」
総勢20名あまりの声が重なり、いよいよ食事が始まった。
エレナをはじめとした年長組やイラカがどのように食べるべきか迷っている間に、ニリア達年少組は皿に顔を浸けるような勢いで飛び掛かった。
「こ、こらニリア! ニグ! 何をやっているんですか! はしたないですよ!!」
珍しくイラカが焦った感じでニリア達を叱るが─
「ははは! よい。よいではないか。子どもはやはりこれぐらい元気でないとな」
「で、ですが……」
「イラカよ。私は『作法など気にするな』と言ったのだ。食べたいように食べるのが一番美味い。作法などというのは偉ぶりたい者達が作ったただの慣習だ。違うか?」
「い、いえ、そのようなことはありませんが……」
「理解したならお前も好きなように食べるがよい。我々の真似事なども考えるなよ? さて──」
イラカを諭したシークは、ニリア達に微笑みを向けた。
「ニリアとニグと言ったか、どうだ? 美味いか?」
「うん! とってもおいしーです!」
「こんなの食べたことない! ……です!」
2人の言葉に、シークは穏やかに下がった目尻の皺をより深くした。
「そうかそうか! それはよかった。ガラカにも後で言ってやってくれ。彼奴もその方が報われよう」
「わかりました!」
「です!」
「ふふ、ありがとう。さあ、お前達も遠慮は要らん! 好きなように食べたまえ」
「「「「はい!」」」」
この一件を機に、子ども達の緊張感はほとんどなくなった。シークやケッツとも会話が弾んでいる様子だ。
もっともイラカだけは、相変わらず難しい顔をしながらも美味しそうに料理を食べるという器用なことをしていたが。
やがてフルコースが進み、ソルベを食べ終えた頃
「すみません。お手洗いに行きたいのですが……」
エレナがアルフに目配せをしながらそのようなことを言い出した。
「そうか。クーネ、彼女を案内してあげ──」
「──父上! 僕が案内してあげてもいいですか?」
エレナの意図を汲み取り、クーネを案内につけようとした父の言葉を遮るように発言する。
「む。…………よかろう。アルフ、頼んだぞ」
少しだけ逡巡するような間を見せたあと、何かを察したのかエレナを一瞥してからアルフに笑みを向ける。
「はい! 行こうエレナ」
「うん」
シークや子ども達、そしてケッツは微笑み──ニヤニヤという擬音が似合う──とともにその後ろ姿を見送ったが、イラカだけが難しい顔をしていた。
◆
「どうしたの、エレナ?」
人気のない廊下で2人は立ち止まる。窓から見下ろす街にはポツポツと灯りが点っており、すっかり夜の顔を露にしている。
「うん。ちょっと、ね……」
「もしかして食事がおいしくなかった?」
「ううん! そんなことない。とっても美味しかったよ。ただ……」
「ただ?」
「なんていうのかな。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ窮屈な感じがしたの」
街を見下ろすエレナは、そこよりも更にどこか遠いところを見ているようだった。
「国王様は気を遣うことないって言ってくれたし、いっぱいおしゃべりもしたんだけどね。やっぱりあたしは、孤児院でみんなと食べるご飯が好き。アルフと遊ぶのが好き。ここみたいな『見下ろす景色』はなんだかちょっぴり苦手、かな」
「エレナ……」
孤児院の方角を見つめながら寂しそうに笑う彼女は、いつもと雰囲気が違った。触れれば消えてしまいそうな、ひどく儚い存在に見えた。
「ごめんね。迷惑だったかな……」
「え? あっ、ううん! そんなことない!! アルフがあたし達のことを思って招待してくれたのはわかってるし、ずっと見てるだけだったお城に入ることができて、あんなにおいしいごはんも食べれたんだもん。全然迷惑なんかじゃないよ」
「ほんと?」
「うん、ほんと。だからね、さっきのはあたしのわがまま」
「わがまま?」
「あたしってほら、お父さんとお母さんがいないでしょ? 気がついたら先生に育てられてて、みんながいた。あたしにとっての家族は孤児院のみんななんだ。だからかな、『家族』だけで食べるごはんの方が安心するって言うか、ここみたいなキラキラしたところは落ち着かないの」
「うん」
「そんなに落ち込まないでよ。嬉しいのだってほんとなんだから」
「でも……」
「じゃあさ、なにかして遊ぼうよ。それでチャラ!ね?」
「遊ぶ?」
「そ、いつもみたいに。あたしが楽しそうだったらアルフも落ち込まないでしょ? だから、ね?」
アルフは迷う。
確かに、今アルフの中には罪悪感のようなものがある。エレナの気持ちに配慮できなかった自分を悔いる気持ちもある。でも、だからこそ、今この場で遊んだとして彼女の気が晴れるだろうか。日を改めて孤児院で遊んだ方がいいのではないか。そんな考えが脳裏を掠める。
しかしそれも一瞬のことだった。
彼女が望むなら、それを叶えるのが今日の自分の役目なのだから。
「わかったよ。『冒険ごっこ』でどう?」
「? どこを冒険するの?」
「決まってるよ」
アルフは両の腕を広げ、続けた。
「この城の中さ」