第5話 晩餐会②
孤児院の内部は大きく分けて2つの区画で構成されている。
まずは表の扉を開けてすぐの大きく開けた空間。ここには片側にこどもなら5人ほどが座れる簡素な長机が2つ、大きな黒板と小さな本棚、そしてペンや紙や食器が収められた棚が置いてある。
ここは勉強時─イラカが教鞭を執り、主に一般常識を教えている─や食事時、雨が降った日には遊び場を求めた子ども達が全員集まる孤児院最大の広間だ。
広間の奥には孤児院の入り口のものと同じ大きさの扉がある。その先には細い廊下には、左右に4つ、最奥に1つ扉がありそれぞれ違う部屋へと繋がっている。左右の部屋は子ども部屋で、4・5人で1部屋共有している。そして最奥の一室がイラカの私室だ。この部屋にはエレナ達も入ったことがないらしい。
エレナは子ども部屋のうちの1つ、彼女がいつも寝ている部屋にいた。敷き詰められたベッドの上で頭から布団を被って丸くなっている。
「エレナ」
「うぅ……あるふ……?」
盛り上がった布団の中からくぐもった声が聞こえてきた。鼻声ではないから、どうやら泣いていたわけではなかったらしい。
「せっかくのドレスがしわになっちゃうよ?」
「い、いいもん。どうせあたしには似合ってないし……」
「かわいくてお姫様みたいって言っただろ。似合ってないのにそんなこと言わないよ」
「………………ほんと?」
わずかに緩められた布団の隙間から、紅い両目だけが覗く。
「ほんとだよ」
「ほんとのほんと?」
「ほんとのほんと」
「ほんとのほんとにほんと?」
「ほんとのほんとにほんと!」
「ほんとのほんとにほんとのほんと?」
「……あー、もう! ほんとにかわいいってば!!」
業を煮やしたアルフはエレナから布団を引ったくる。
「あっ……」
布団の下から現れたエレナは、いつもと違いしおらしくしているせいか全く雰囲気が違って見えた。
肩からベッドにかけてさらりと広がる白い髪、垂れ下がった長い耳、陶器のように白く艶やかな肌、自信なさげに濡れた紅い瞳。それらと純白のドレスが合わさり、彼女の持つ幻想的な雰囲気をより引き立てている。
その様は、姫というよりはまるで、お伽噺の中に出てくる雪の妖精のようだった。
「……う、うん! ほんとにかわいい」
思わず見惚れてしまっていたアルフは慌てて言葉を紡ぐ。
「今、間があった……」
慣れない服で余程気が小さくなっているのか、エレナがまたしゅんとし始める。
「もう! エレナはもう少し自信を持ちなよ」
「だって……こんな格好したことないんだもん。アルフに変だって思われたらイヤだもん……」
「はあ……」
いつまでもうじうじとしているエレナに、アルフは1つため息をつくと片膝をつき、恭しく右手を差し出した。
「皆が待っておりますよ。さあ姫、お手を」
「っ! …………もう、ばか」
差し出されたアルフの手のひらに、そっとエレナの指先が添えられる。
「エスコートお願いします、王子様」
「ええ、お任せください」
2人は照れ臭そうに微笑み合い、そして歩きだした。
◆
「あっ、2人出てきたよー」
「手つないでる!」
「いいなあ」
「あつあつ?」
「「「「「あつあつだーー!!!」」」」」
手を繋いで出てきた2人を子ども達の盛大な冷やかしが出迎えた。イラカはいつものように微笑みを浮かべているし、クーネも心なしか無表情に色がついているように見える。
「…………」
エレナはこれ以上ないほどに真っ赤になり、うつむいてしまっている。しかし繋いだ手は放さない。むしろさらに強い力で握ってきた。
アルフはそれと同じ力で握り返す。気のせいかエレナがもっと赤くなった気がする。
「ねえねえ、早くお城いこー」
ニリアがもう待てないと言った感じで急かす。確かに城を出てからそれなりに時間が経った。そろそろ出発しなければ城の皆を待たせてしまうかもしれない。
「そうだね。そろそろ行こうか」
「それでは僭越ながら、私クーネが先導を務めさせていただきます。イラカ様、殿をお任せしてもよろしいですか?」
「ええ、かしこまりました」
「アルフ様、エレナ様はそのまま私の後についてくださいませ」
「え、あ、うん」
案内役をすっかりクーネに奪われてしまったが、アルフは不思議と腹が立たなかった。今はエレナの隣を歩けるだけで十分だと思えたのだ。
「では、参りましょう」
子ども達の熱い視線を背中に浴びながら、アルフ達一行はようやく城へと進み出すのだった。