第45話 アスト王国での日々⑧
「少しは落ち着いたか?」
ミストが出された料理を平らげた数秒後、出し抜けにルノが問うた。
「ああ。悪い。心配かけた」
「心配なんざしてねぇよ。ただ目の前で不景気そうなツラされてんのが気に食わなかっただけだ」
「……ふふ、そうだな」
ルノの不器用な物言いに、ミストは思わず頬が緩んでしまう。この少年は、いつだって優しいのだ。
サイミアで暴走した時は、殺さずに捕獲してくれた。
戸惑うアルフに、ありのままの真実を教えてくれた。
ジュグリへ向かう飛行船では、アルフを殺そうとしてくれた。
連合での裁判の時も、きっと根回ししてくれたのだろう。
行く宛の無いミストを、憎いはずの相手を引き取ってくれた。
そして今、憔悴したミストを心配してくれた。
目の前の小さな王は、きっと誰よりもお人好しなのだ。
だからこそ、それに応えたいと思ってしまう。きっと、この国の騎士達がルノに従うのにも、そういう理由があるのだろう。
「萎れてたと思ったら突然笑いだしやがって。気持ち悪い」
悪態をつくルノの後ろに控えるエルグの表情も、心なしか穏やかな気がする。
「……はぁ、まあいい。取り敢えず『話』をしようか。今日の予定についてだ」
「ああ。たぶん今なら鍛練も問題なく出来ると思うんだけど──」
「ダメだ」
「ダメです」
ミストの言葉は、綺麗に重なった2人の言葉にバッサリと断ち切られた。
「いいか。今、お前はなんとか精神的に均衡を保ってる状態だ。そんな不安定な奴に、木製とはいえ剣なんか持たせられん」
「じゃあ座学をやるのか?」
「いいえ。座学は予定通り午後から行います」
「え、それじゃあ何すればいいんだよ。ずっと部屋にいればいいのか? 正直言うと、そっちの方が気が狂うと思うぞ」
戸惑うミストに、ルノが真面目な顔で答える。
「今回のことは、予期できなかったこっちの落ち度でもあるんだ。仕方がないとはいえ少し追い詰めすぎた」
「いや、そんなことはな──」
「そんなことはあるんだよ」
ミストの言葉を遮るルノの語調は強い。
「でも、俺にはあれくらいの扱いがちょうどいいだろ」
「ああ。お前だけの問題ならな」
「え?」
こちらを見据えるルノの目は鋭い。
「もしお前がここで暴走したら、次に犠牲になるのは誰だと思う?」
「……あ」
サイミアの風景を思い出す。あの日、あの場所にはルノもいた。それでも都市が1つ消えるだけの被害が出たのだ。もし、その力がここで暴走してしまったら……。
「俺は、もっと慎重になるべきだった。少なくともお前が『恩寵』を御せるようになるまでは、な」
「ルノ……」
「お前の『恩寵』の発動条件が何なのかわからねぇ状態で精神的に追い詰めたのは完全に失策だった」
「…………」
「話を聞いた限りだと、今は強い『精神的な苦痛』が引き金になってるように思う」
「あぁ……」
自らの腕の中で熱を失っていった彼女のことがフラッシュバックする。
「それがわかってたのに、俺は感情を優先してお前を追い詰めた……!」
「それは──」
「それは『王』として許されざる行いだ!!」
ルノの語気は荒い。まるで、自らを追い詰めているかのようだ。
「ルノ様」
「……悪い、少し取り乱した。今のは忘れろ」
「あ、あぁ」
正直、意外だった。あのルノが、ミストの前でここまで感情を露にしたのは初めてのことだった。
感情を飼い慣らしているのだと思っていた。
しかし違った。
『王』だから。
その地位に就いているから、時には自らの感情を殺さねばならないのだ。本当は年相応の豊かな感情を押さえつけ、冷静に、冷徹に、正確に判断を下さねばならないのだ。
年若くして『王』になったルノの、きっとそれは大きな苦悩の一つだろう。
ルノが垣間見せた人間らしい姿に、ミストは人知れず親近感を覚えるのだった。
◆
「今日の予定についてだ」
気を取り直したルノが口火を切る。
「取り敢えず、午前は自由に行動してくれて構わねぇ」
「自由行動って言ったって……この城の中か?」
「ちげぇよ。この中にいたら余計息が詰まるだろ?」
「う……」
図星だった。この城の主を前にして無礼が過ぎる態度かと思ったが、当のルノに気にした様子はない。
「目的は気分転換だ。町にでも行ってこい」
「いいのか?」
「あ? なにが?」
「いや、だって、サイミアを焼いたのが俺だってバレてるんじゃ……」
「ああ、そのことか。それなら心配要らん」
椅子に浅く腰掛け、弛緩した様子で続ける。
「確かに、『アルフ・ジン・クラインがサイミアを焼いた』っつー噂は広まってるかもしれん。ただ──」
「ただ?」
「お前の顔を知ってるやつがどれだけいるよ?」
「あ、そうか」
『アルフ』はこの歳になるまで、アーティス底国以外には行ったことがなかった。国内でも、大抵は城か孤児院にいた。故に名前を知られていることはあっても姿形を知っているものは少ない。しかも、その数少ない者達も、『あの日』以降失踪している。
旅に出てからも、身分を明かしたのはアーティス底国でだけだ。まだ『アルフ』の人相が浸透していないと考えるのが妥当だろう。
「まあ念のため目立たないように護衛をつけといてやる。万が一の時はなんとか対処してくれるだろ」
そう言ってルノはミストの後方に視線を飛ばす。何かと思って振り向いてみたが、そこには何もなかった。
「金はやるから好きなようにぶらついてこい」
乱暴に放られた皮袋からヂャリンという音が響く。かなりの額が入れられているのではないだろうか。
ふと、ルノの表情が真剣味を帯びる。
「町の中ならどこに行っても構わねぇ。ただし、町の外には出るな」
ルノのその真剣な態度から、何か『アルフ』に関することなのではないかと察する。
「……何があるんだ?」
ミストの問いに、しかしルノは珍しく言い淀むような間をおいた後、告げた。
「サイミアの生き残りの居住区だ」
「──っ」
ある程度予期していた答えだったが、それでも思わず頬が強張る。
「あそこに住んでる奴等もお前が焼いたってのは知らねえはずだが、一応、な。お前も近づきたかねぇだろ? 少なくとも今は」
「ああ。……そうだな。わかった。絶対にその区画には近づかない」
「彼等も今は積極的に外へ出ようとはしておりません。居住区へ近づかなければ出会うことはまず無いでしょう。それほど緊張なされなくても心配は要りませんよ」
場の空気を変えようとしたのか、エルグがいつもより明るい口調で補足する。
「万一、居住区へ近づいてしまったら護衛の者が離れるよう誘導する手筈になっております。どうかご安心ください」
「まあ、そういうことだ。思う存分ってわけにもいかねぇだろうが、気分転換してこい。昼には戻れよ」
その言葉を最後に、ミストは追い出されるようにして食堂を後にした。
◆
「ルノ、大丈夫か?」
ミストのいなくなった食堂。普段とは違う言葉遣いでエルグが声をかける。
「大丈夫……じゃあねぇな」
応答するルノはひどく弱々しい。いつもの尊大な態度は鳴りを潜めている。
「サイミアで『力』を使いすぎたのだろう? しばらく休んでもいいのだぞ?」
「いや、サイミアじゃ『恩寵』は使ってねぇよ。どっちかっつぅと、精神的な疲労が大きいな。あのバカの扱いが思ったより難しいぜ……」
「今からでも光国に引き渡すか?」
「ダメだ。あっちのバカも何するかわかったもんじゃねぇ。それに──」
「?」
「たぶん、たぶんあと少しだ。あと少しで全てにケリをつけられる気がするんだ。それまで休んじゃいらんねぇよ」
「……根拠は?」
ルノは口の端を不敵に吊り上げる。雰囲気は弱々しいままだというのに、なぜだろう。見る者に安心感を与えるような笑みだった。
「勘だよ」
今回で毎日更新の(本編の)分は終了です。
次話以降は(週1~2話更新を目指していますが)不定期連載になります。同か末永くお付き合いいただけたらと思います。




