第42話 アスト王国での日々⑤
「ミスト様は、魔道具についてどの程度の知識をお持ちですか?」
王城の一角、人通りのあまりないここが勉強部屋として割り当てられた場所だった。
部屋の中央に机と椅子が設えられているだけの部屋で、机は窓の方を向いている。まだ窓から差し込んでくる太陽光だけで十分に手元が見える時間帯だ。机上にはペンと羊皮紙が数枚積まれており、講師──窓の少し右に立つエルグ──の話を書き留められるようにしてある。
出入口の扉から妙に机が離されているのは、もしかせずとも逃亡防止のためだろうか。
「えっと、DからSまででランクがあることと、魔力を流し込むと魔法が発動することくらいですかね。あ、刻まれた魔方式ごとに違う魔法が発動することも知ってます」
ゾーラの講義をほぼ全く真面目に聞いた試しがないため、ミストが知っているのはこの程度だ。
「……なるほど」
答えるエルグは、珍しく困ったような様子を見せた。ミストの無知さがよほど想定外だったのかもしれない。少し、申し訳ない気持ちになる。
しかし困惑していたのも一瞬のことで、すぐに気を取り直すと続けた。
「では、魔道具の基本的な仕組みからお話ししましょう。魔石はご存知ですね?」
「はい。魔道具の核になる石ですよね?」
「……魔石とは、簡単に言えば魔力の結晶です。あの鉱石の中には、モノにも依りますが、膨大な魔力が秘められています」
「あ、そうなんですか……」
「我々は自身の魔力で外側から魔石内部に籠められた魔力を刺激し、より膨大な魔力を操っているのです」
「それで魔石から流れ出た魔力が魔方式を通ることで魔法が生まれる。っていうことですか?」
「ええ。その通りです。極論として、魔石がなくても魔道具を使うことは可能ですが、通常よりも多くの魔力を消費することになります。この方法ですと非常に効率が悪く、余程の緊急事態でもなければそんなことをしようとする者はいないでしょう」
エルグが羊皮紙に図を起こす。
人から出た細い線の魔力が魔石を経由して太い線になる。そして、太い線が魔方式を通り、炎が生まれる。
「もうお気付きかもしれませんが、魔道具の質の大半は核となる魔石の質──内包する魔力の量や純度によってランクが決められます。高度な魔方式が刻まれていればそれも考慮されるのですが、今はおいておきましょう」
「じゃあ、Sランクの王具に使われてるのは……」
「はい。考え得る限り最高級の魔石です。鑑定した結果を知っているわけではありませんが、王具に使われているものとなると、それは膨大な量の魔力を秘めているのでしょう」
「なるほど。……あ、1ついいですか?」
「なんでしょう?」
「魔石の中の魔力が尽きたらどうなるんですか? もう一度魔力を籠め直したり出来るんですか?」
「なかなか良いところに目をつけますね。ですが、残念ながら答えは『不可能』です。一度尽きた魔力は戻りません。魔道具は使い捨てのものと言っても過言ではありません」
「そう、ですか……」
「そう気を落とさないでください。話はまだ終わっていません。通常の魔道具に使われている魔石であれば、3年持てばいい方です。しかし、こと王具に関してだけは例外です。私も詳しいことは知らないのですが、なぜか王具の魔石の魔力は尽きないそうなのです」
「え?」
「いえ、『尽きない』と言うと語弊がありますね。正しくは『いつから使われているのかわからないほど昔から使い続けられているのに未だに魔力が尽きていない』です。貴方の持っている緋の王具は、いったいいつから存在するものですか?」
「初代様の時代からだから……900年以上…………?」
「一説ではこの大陸が誕生した当初、つまり1000年も昔から存在しているとも言われています」
首に提げている小箱を見つめる。あの小さな石の中に1000年以上使っても使いきれぬほどの、無尽蔵とも言える魔力が籠められているのか。
「王具が特別な等級にあることの理由の一端は理解していただけましたか?」
「……はい」
「よろしい。では、魔方式の話に移りましょう。と言っても、こちらはかなり専門的な話になってしまいますので簡潔に。王具やその他の一部の魔道具に関してだけに止めておきましょう」
「……」
「魔方式はどのような魔法を生み出すかを決めるための、言ってみれば記号です。刻まれた魔方式が複雑であればあるほど高度な魔法が使えたり、様々な魔法が使えたりします。ここまではいいですね?」
「はい」
「通常は我々でも少し学べばどのような魔法が扱えるのか読み取れる程度の魔方式が刻まれています。Bランク以下の魔道具のほとんどがそうですね。しかし」
「Aランク以上は違う?」
「その通りです。『逸話持ち』と呼ばれる魔道具は知っていますか?」
「一応、名前だけは」
「Aランクの魔道具の中でも異質と言われるそれらや、Sランクの王具が作られたのは約800年以上も昔と言われています」
先程の魔石の話を反芻する。ミストの持つ緋の王具に関しては少なくとも900年以上昔から存在しているのだ。今さら驚くようなことではない。
「しかし、魔道具を造る技術が──魔方式を刻む技術が確立したのは約700年前です。こちらは残っている文献や、刻まれた魔方式の言語から確実だと断言できます」
「えっ、それじゃあ……」
「そう。一部の『逸話持ち』や王具に刻んである魔方式は我々にとって全く未知のものなのです。それは数百年研究し続けている今でも変わりません。未だに王具に刻まれている魔方式が何語なのか、どういった魔法が使えるのか、誰が作ったのか、全く解明されていないのです。これが、王具がSランクたる理由のもう一端ですね。つまるところ、強力であることもそうなのですが、稀少性が非常に高いのです」
「だから緋の王具がアルカナに狙われたんですね…」
「ご自分の持ち物の価値を正確に理解するのも、持ち主としての責務ですよ」
「……心に留めておきます」
「ええ、それがよろしいかと。さて、ここまでお聞きになって何か質問などはこざいますか?」
「じゃあ2つだけ。魔道具の仕組みについてはなんとなくわかりました。王具が特別な理由も。それじゃあ、魔力適正ってなんですか? 俺は意味もわからないまま検査を受けて、『火』の適正を持ってるって言われたんですけど」
「ああ、申し訳ございません。私自身あまり魔道具を使わないものですからすっかり忘れておりました。魔力適正についてですね」
エルグが室内を少し動き、窓の背に立つ。傾き始めた陽はしかし、まだ明るく、エルグを背後から照らしている。
「魔法の属性についてはご存知でしょうか?」
「えっと、たしか火・水・地・風・雷・聖・闇ですよね」
「ええ。その7属性に加えて無属性もあることを覚えておいてください。まず、火なら赤、水なら青、風なら緑といった具合に魔力にはそれぞれ色がついていると考えてください。それは魔石の中の魔力も同じです」
エルグが再び羊皮紙に図を描き始める。
「魔石の中の魔力は同じ属性の魔力にしか反応を示しません。例えば水属性の青い魔力が宿った魔石を使った魔道具に、火属性の赤い魔力を流しても魔法は発動しません」
人から出ている細い線に×印が書き加えられる。
つまり、『火』の適正をもつミストでは他の属性の魔道具は扱えないということか。
「ただし、例外がひとつ。無属性の魔石に関してはどの魔力を流しても反応を示します。無属性の魔石が『万能石』などと呼ばれ、重宝されるのはそのせいですね」
「個人が持つ属性は一人ひとつだけなんですか?」
「ええ、基本的にはそうですね。ただ、中には2属性以上持つ者もいます。光国のアルストロメリア様が代表例ですね。彼は闇属性以外の全ての属性に適正を持っているそうです。はっきり言って規格外の方ですね」
脳裏にアルストロメリアのいたずらっ子のような顔が浮かぶ。あの男はそんな常識の埒外にいる化物だったのか。印象を改める必要がありそうだ。
「さて、もう一つの質問は何でしょうか」
「あ、はい。王具って、全部でいくつあるんですか?」
「………ふむ。難しい質問ですね。取り敢えずは現状をお話ししましょう。現在連合が存在を確認しているものは全部で7点あります。光国、アルストロメリア様が所有している黄金の王具。帝国、ダルジ様の虹の王具。底国、ゲーティス様の蒼の王具。この国─アスト王国保有する白の王具。存在は確認されているものの現在行方知れずとなっている紫紺の王具と鉄の王具。そして、貴方の持つ緋の王具です」
「『難しい』っていうのは?」
「王具たる基準が曖昧ですし、連合が存在を認知していないだけで実はまだまだどこかに眠っているという可能性もあります。実際、北西にあるエルフの国が未確認の王具を保有しているという噂もありますしね。ただ、この数百年の間に存在を確認された王具の数から考えると、10個前後が妥当ではないかと言われています」
「10個前後ですか」
「あくまで目安です。それより多いかもしれませんし、現在確認されているもので全てかもしれません。王具に関しては謎が多すぎるので断定は出来ません」
「なるほど。ありがとうございます」
ミストの言葉に小さく頷くと、窓の外を見てエルグが口を開いた。
「少し早いですが、今日はこの辺りにしておきましょう。覚えるべきことが多かったと思いますので、自室に戻って整理するといいでしょう」
「わかりました」
「明日もまた、朝の鍛練からです。今日は早めにお休みになることをおすすめします」
◆
「すごいものだっていうのは知ってたけど、まさかここまでとは……」
自室のオンボロ小屋に戻り、首に提げた小箱から王具を取り出す。
細かな装飾を施された金の腕には、よく見ると無数の溝が走っているのがわかる。恐らくこれが未知の言語で刻まれているという魔方式だろう。その価値を正しく理解し始めているからだろうか、王具の石座に鎮座する魔石がいつもよりも深い輝きを湛えているように見える。
まるで底の見えない孔を覗くような、その深紅に思わず見入ってしまう。
「……っ! ダメだ。まだこの力に魅せられちゃダメなんだ」
王具を見ると、その力のことを想像すると、思い出してしまう。
灰と化したサイミアの死んだ景色を。立ち込める死の臭いを。さふさふと、妙に軽い踏み心地の灰の大地を。心の奥底で燻っている暗い悦びと烈火の如き憤怒を。そして、最愛の幼馴染みが自らの腕の中で生を終えたあの感触を。
「…………エレナ」
思わず口をついて出た言葉は、ミスト以外誰もいない静まり返った室内に思ったよりも大きく響いた。
「……寝よう」
エレナのことを忘れるつもりはないし、忘れてはいけない。けれど、エレナのことを思い出すとどうしても最期のことまで思い出す。アルカナの構成員と思しき者に胸を突き刺された彼女の姿を。
そこまで思い出したとき、決まって黒い感情が燻り出すのだ。サイミアを焼いた、あの昏い衝動が。
コロシテヤル
今、その衝動を制御する術を持たない現状で、記憶を掘り起こそうとするのは危険だ。王具を外しているからサイミアのような焼け野原になることはないとは思うが、万が一ということもある。
今は、力を制御できるようになるまでは、エレナとの思い出にも黒い衝動と共に蓋をしなければならない。王国が消え、父が死んでからアルフの唯一の生きる希望だった彼女のことを、今は考えないようにしなければならない。
そのことが、たまらなく悲しい。
だからもう寝よう。思考や感情を捨て去って、今だけは、夢の世界に逃げ込んでしまおう。
そうして、アスト王国での1日目が終わるのだった。




