第41話 アスト王国での日々④
すみません。昨日の更新忘れてました!
ごめんなさい……
木剣を正眼に構える。目の前に立つ人物は明らかに格上。ならば出し惜しみなど意味はない。
最初から全力で行くのみだ。
「行きます!」
鋭く踏み込み、喉元を狙った突きを出す。
─切っ先にエルグが持つ木剣の腹を当てられ軽く受け流される。
突きの勢いのままに後ろに回り込み、足を狙った下段薙ぎ。
─振り返ることすらなく、正確に受け止められる。
背中に目がついているかのような動きに驚き、思わず距離をとる。
「ふむ、筋は悪くないですね。さあ、もっと見せてください」
ゆったりと背後─ミストに振り向き言ってくる。初手から急所を狙った攻撃をされたというのに、焦りや動揺のようなものは一切見受けられない。
格上だとわかってはいるが、少し、プライドを刺激される。
「すうぅ、ふう。……上等」
先程とった距離を一息に詰め、大上段から脳天目掛けての渾身の振り下ろし。
─簡単に受け止められる。
刃先を滑らすようにして木剣を引き戻し、左胸─心臓に突きを出す。
─やはり受け流される。
勢いを殺さずその場で回転して横薙ぎの一閃。
─こちらと全く同じ力で打ち返され、勢いを完全に殺される。
「うぉっ」
崩れた体勢を立て直すべく地面を転がり距離をとる。
やはり強い。こちらとしては完全に殺すつもりでかかっているのに、まるで手応えがない。それどころか、端々から余裕というか、遊びのようなものさえ感じる。この老執事はいったい何者なのだろうか。
「どうしました? もう終わりですか?」
「まだ、まだです……!」
ここまでの強者と見えることは今までなかった。剣技だけならば、おそらく父─シークよりも圧倒的に強いだろう。
自分が狭い世界で生きてきた自覚はあるが、改めて世界の広さを思い知らされる。
再びの喉元への突き。
鳩尾への突き。
袈裟斬り。
下段からの逆袈裟斬り。
手元を狙った攻撃。
一度距離をとり、大きく踏み込んでからの全体重を乗せた打ち下ろし。
眼を狙った一閃。
上段に構えて剣に意識を集めてからの足払い。
それら全てが受け流され、相殺され、受け止められる。足払いに至っては燕返しで合わせられ、盛大に転がされた。
「はあ……はあ…………」
「どうしますか? 今日はここまでにしますか?」
肩で息をするミストに対し、汗ひとつかいていない涼やかな顔でエルグが問う。
「まだ、やれます……!」
「よろしい。時間いっぱいまで付き合いましょう。存分に剣を奮ってください」
「はぁ………………ふう。よろしくお願いします!」
◆
太陽がちょうど真上に昇りきった頃、ふと、エルグが一瞬だけ意識を他所へ移したのが感じられた。
一太刀浴びせるならば今しかない。
仮にも戦闘中に自分から意識を逸らされるという屈辱はしかし、今は気にならなかった。そんなことよりも、今はこの好機を逃したくないと思ったのだ。
身体に残った最後の力の全てを使って踏み込み、木剣を振り上げる。が、
「……え?」
つい一瞬前までエルグが立っていた場所には誰もいなくなっていた。
そして、頬を一陣の風が撫ぜたかと思うと──
「もう昼です。今日の訓練はここまでにしましょう」
ヒタリ、と、首に木剣が当てられる冷たい感覚と共に背後から声をかけられる。
「……えっと、今何をしたんですか?」
「特別なことはしておりません。ただ『踏み込んで背後に回った』だけですよ」
見やると、先程までエルグが立っていた場所の地面が大きく抉れている。いったいどれ程の力で踏み込めばあのような跡がつくというのだろうか。
知覚できないほどの素早い踏み込みとあり得ない移動速度を前にしては、最早絶句するしかない。
木剣の切っ先を力なく下ろし、問う。
「俺の剣は、どの程度のものですか?」
「先程も言いましたが、筋は悪くありません。長い間鍛練してきたことのわかる良い剣筋だったかと思います。大抵のごろつきや野盗相手ならば余程のことがない限り後れをとることはないでしょう」
「……そうですか」
今回は相手が悪すぎたということだろうか。
「ただ」
「……? なんですか?」
「貴方の剣は、王宮剣術のような美しい剣術ではなく、ひどく攻撃的で、言い方は悪いですが野蛮な剣。殺すことを目的としたような実践的な剣でした」
「はあ」
「自覚がないようなのでお教えしますが、通常の剣術ではあそこまで徹底的に相手の急所を狙うような攻撃はしないのです。」
「俺の剣は攻撃すること……殺すことに特化しているってことですか?」
「ええ。貴方に剣を教えた方が何を考えてそのような剣を教えたのかは存じませんが、今のままでは強者を相手取った時に疎かな防御の隙を突かれるのは確実です」
確かに、防御に関してはあまり教わってこなかった。兄や父との実践の中で必要最低限に避けることを学んだ程度だ。
「ですので、これからの1週間、貴方には徹底的に防御を学んでいただきます。よろしいですね?」
是非もない。
より強くなれるなら、力を得られるのなら、アルカナへの復讐の道が──全ての真相に辿り着くための道が短くなるだろう。あの黒い男達をこの手で殺せるならば、どんな過酷な修行でも喜んで受け入れよう。
「はい! お願いします」
「良い返事です。では昼食にしますので、一度汗を流してきてください。浴室までは案内いたします」
◆
「さっき、短期間でって言ってましたけど、具体的にはどれくらいなんですか?」
「ルノ様からは『1週間で使い物になるように仕込め』と仰せつかっております」
広い食堂をたった2人で使い、昼食をつつきながら言葉を交わす。メニューは朝と同じ麦粥とスープ、そして豚肉を香草で巻いて蒸し焼きにしたものだった。
「正直に申し上げますと、たった一週間で貴方を旅に出せるレベルまで鍛え上げることは難しいと思っておりました。しかし、先程手合わせしてみてその不安はほとんどなくなったと言って良いでしょう。攻撃の方は出来上がっているようですので、あとは守ることを覚えるだけで最低限戦えるようにはなるでしょう」
「そんなに防御がなってなかったですか?」
「186回」
「え?」
「先程の手合わせの中で私が貴方を殺すことが出来た回数です」
「あ……」
「この1週間で、最低でも3桁を切るように鍛え上げてみせます。そのレベルまで到達すれば、大抵の相手には危なげなく勝つことが出来るようになるでしょう」
「……はい」
「ただし、それはあくまで純粋な剣技の勝負の話です。実戦では多くの場合、魔道具による特殊な攻撃が絡んでくることになるでしょう。しかし残念ながら、私の独力ではそこまでお教えすることができません」
「旅に出て、実戦の中で学べということですか?」
「もちろんそれが一番手っ取り早いのですが、大きな危険を伴います。午後からは魔法戦における最低限の対処法をお教えします。私は魔法をほとんど使えませんので、知識だけお教えすることになるのですが、お許しください」
「いえ、そんな。教えてもらえるだけありがたいです。……今のままじゃ何回死んでも足りないくらいだってわかりましたし」
「左様ですか。…………ところで」
不意に、エルグが視線を落とした。
「まだ、ソレを使う気にはなれませんか?」
視線はミストの右手、深紅に輝く指輪を指している。
「……正直、まだ恐いです。あの時俺が暴走した理由は『宿り子』の力のせいだって言われましたけど、それでも、やっぱり……」
「そうですか」
「もう二度と、あんな風景を作りたくないんです」
「……わかりました。でしたら王具はこの中に収めてください」
そう言って渡されたのは、黒みがかった濃い灰色をした小さな箱だった。持ってみると表面は少しざらついており、大きさの割に非常に重い。
「これは?」
「『魔絶鉱』と呼ばれる稀少鉱石から作られたモノです。魔絶鉱は魔力を完全に遮断する性質を持っていますので、それに王具を入れている限りは万が一暴走したときにも王具が起動することはないでしょう」
「なるほど。ありがとうございます」
「お礼ならばルノ様に仰ってください。私はただ、預かったものを渡しただけでございます」
「ルノが?」
「ええ。飛行船で約束されたのでしょう?」
「あ、そういえば……」
「『使わないにしても必ず肌身離さず持ってろ。いつ使わなきゃならねぇ場面が来ても良いようにな』とのことです」
小箱にはご丁寧に細い鎖までついている。王具を箱に収め、常に首にかけておけということだろう。
「ルノには感謝してもし足りないな……」
小箱に王具を収め、首にかけながらポツリと漏らす。
エメラダ王国があった証、父に託された王国の至宝とはしばしの間距離を置こう。いつか、自分の力を正しく制御できるようになるまで。あるいは──
「……さて、そろそろ良いでしょう。少しだけ食休みをした後、午後からは座学です。今日は魔道具の基礎知識をお教えします」
「はい。お願いします」
──その時がこないことを、握りしめた灰色の小箱に祈るのだった。




