表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第三幕 新たなる旅路
44/49

第40話 アスト王国での日々③


 夢を見ていた。


 小さく、歪で、強大な『不条理』が襲いかかってくる夢。




 ああ、またか。




 この夢は識っている。


 ──の世界に、天災のように唐突にソレは現れる。


 知っている。


 この後、この『不条理』は──の大切なモノの悉くを貪り尽くすのだ。


 シッテイル。


 ──はそれを眺めることしか出来ない。


 何度も、何度も見た。


 助けようにも、金縛りにあったかのように身体が動いてくれない。


 動けたところで助けられないだろう?


 心の片隅で、何かを諦めた声が囁きかけてくる。


 うるさい。


 いくら願っても醒めないこの悪夢は、いつも決まって同じ終わり方をする。


 ──の世界の全てを貪り尽くした『不条理』は、ユラリとこちらを向く。


 そうだ。これでやっと終われる。


 この夢の終わり方はいつも同じ。最後は必ず、──が食われて終わるのだ。


 『不条理』が、理不尽な終わりが迫る。


 この夢が()()()()()で終わるのは、きっと─




 そして今日も、目を醒ます。




 ◆


 深い深い眠りの中で、何か音が聞こえた気がした。

 まるで、オンボロの木板に何かを打ち付けるような音が眠りの世界に侵入してくる。


「─スト様」


 次いで朧気に聞こえてくる声とも雑音とも知れぬ音で、眠りの底に沈んでいた意識が徐々に輪郭を取り戻していく。


「ミスト様、朝です。起きてください」


 老人の声だ。


 寝起きでぼんやりとする頭で、なんとなく周囲の状況を確かめてみる。

 そう思い、首を捻ろうとしたが


「痛っ」


 予期せぬ痛みが走り、その動作を中止する。

 よくよく身体に意識を集中してみると、あちこちが軋みを上げ、鈍い痛みを訴えていることがわかった。


「いったいなんで…………あっ」


 痛みでようやく覚醒し出したミストは、自分が座った姿勢のまま眠りに落ちてしまったことを思い出した。

 慣れないところで、しかもこんなボロ小屋で変な体勢で寝れば身体が軋むのも当然だろう。


「はぁ。こんなことなら眠気に負けないでちゃんと支度するんだったな……」


 そんなことを独りごちていると、再び小屋の戸が叩かれた。


「ミスト様? いらっしゃらないのですか?」


 薄い木の板越しに聞こえるのは老人─エルグの声だ。確か昨日、エルグやルノ、その他に数人の訪問の時以外は戸を開けるなと言いつけられていた気がする。あの時すでに眠くてあまりはっきりと覚えてはいないが。


 それについては後で改めて聞こう。今は早く応対しなくては。


「すみません、今起きました! すぐに開けます」


 未だにギシギシと悲鳴を上げる身体を無理矢理伸ばし、鍵のかけられた戸へと向かう。

 窓から差し込む陽はまだ低く、今が早朝だということを教えてくれる。朝の弱いミストにはツラい起床時間だ。これから先のアスト王国での生活が少し不安になる。


 はぁ。と、内心でため息をつく。こんなことで弱気になるなんて馬鹿馬鹿しい。アルカナ(やつら)に辿り着くためには何でもすると、覚悟は決めたはずではないか。ならば、朝を克服する程度でいちいち不安になってなぞいられない。


 心の中で襟を正し、扉の向こうにいるであろう老執事に対する謝罪の言葉を考える。自分がなかなか起きないせいでかなり待たせてしまったようだ。一言くらい詫びをいれなければなるまい。


 口の中でかけるべき言葉を転がしながら戸に手をかける。


「すみません、お待たせしまし──」

「ばあっ!!」

「たあぁぁぁ!??」


 戸を開けた瞬間視界に飛び込んできたのは、鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離に迫った少女─ネル─の顔だった。


「あっはははははは!! いやあ、キミはホントにいい反応をしてくれるッスねぇ。メンドクサイお使いを頼まれた甲斐があったってもんッスよ」

「え、ネル……さん?」

「そうッスよ」

「え、エルグさんは?」

「んーー? ここにはいないッスよ。まだ寝惚けてるんスかぁ?」


 などと、ネルは嘯く。

 そんなはずはない。アレは確かにエルグの声だった。声の発信源の高さも目の前のネルの身長よりも高い位置だったはずだ。

 そういえば昨日も、結局なあなあのうちに流してしまったがルノの姿をしていた。右手に嵌めた奇妙な形の魔道具(?)が何か関係しているのだろうか。


「ふっふーん。そんな顔したって教えてあげないッスよ~だ」


 ミストの視線に気づいたのか、右手をヒラヒラさせながら勝ち誇ったように言ってくる。

 その人を食ったような態度に、心の底の負けず嫌いな部分が鎌首をもたげ始める。なにがなんでもネルの魔法の正体を解明して、目の前の少女に一泡ふかせてやりたいという闘争心が沸々と沸き出したのだ。


「別に、教えてもらわなくても自分で考えます」

「ふ~ん……」


 ミストの言葉に何を感じたのか、ネルが再び距離を詰め舐め回すように視線を浴びせてくる。それは下から上へと登っていき、ミストの目の奥を数秒見つめた後、パッと離れる。


「ふふ。さてさて、冗談はこのくらいにして本題に移るッス。いつまでもキミで遊んでちゃまた怒られちゃうッスからね」


 得たいの知れない含み笑いを漏らした後、ふと表情を切り替えたネルが告げる。声のトーンは先程とは打って変わって真面目なものだ。


 本題とはなんだろうか。

 なんとなく、嫌な予感がする。レイト光国で死刑を宣告される直前に感じたような、あの嫌な感じだ。

 

 ふと、脳裏を掠める言葉があった。

 昨日、寝る前にエルグに言われた言葉だ。


『ルノ様や私以外が訪問してきた際にはお開けにならない方がよろしいかと。』


 その後に信用できる者達の名を言われたはずだが、思い出せない。

 ネルは()()()()

 もし、ネルがルノの理性よりも感情を優先させるタイプだとしたら……。


 気づかれないように重心を少し落とし、すぐに動ける体勢を作る。少々離れているが、城まで駆け込みルノやエルグに助けを乞えばどうにかしてくれるはずだ。


 ミストが人知れず生唾を呑み込む中、真剣な表情のネルの口から紡がれた言葉は──


「ジブンのお仕事はキミを起こして、今日の予定を伝えることっス」

「へ?」


──子どものお使いのような内容だった。


 肩透かしもいいところである。思わず転けそうになったのを堪えたことを褒めて欲しいくらいだ。


「あっははははははははは!!! あーー! ほんと、キミはいい反応をしてくれるッス!! からかい甲斐が、あ、ある、あ、あははははは!」

「…………」

「殺されちゃうって思ったッスか? ぷふ……じ、ジブンが、この場でキミを殺しちゃうと思ちゃったッスか? あ、あは、あははは!あーお腹いたい」


 どうやらまた、からかわれたらしい。

 安堵から来る脱力感と、目の前の少女をぶん殴ってやりたいと思う怒り、が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。


「いやー、キミが重心をこっそり落としてるのとか、目付きが鋭くなるのとか、見ててすっごく愉しかったッスよ」


 しかもこちらの必死の行動は全て見透かされていたらしい。ぐちゃぐちゃだった感情に更に恥ずかしさも上乗せされ、なんだかもうよくわからなくなってきた。


「…………それで、今日の予定ってなんですか?」

「あ、怒っちゃったッスか?怒っちゃったんスか??いやぁ、ホントに悪気はぁ……まあ、キミがあんまりにもからかい甲斐があるもんだからついつい興がのり過ぎちゃったんスよ。許してほしいッス~」


 全く悪びれた様子もなく言ってくる。

 ここまでくると最早怒りではなく、呆れや疲れといった感情が強くなってきた。朝一でなぜこんなにも疲れなければならないのか。この女、あとで絶対に仕返ししてやる。


「いいから教えてください」

「んもう、つれないッスねぇ。おねーさんのかわいらしい冗談なんスから、水に流してくれたっていいじゃないッスか」

「どこがかわいらしいんですか、どこが……」

「ん? 何か言ったッスか?」

「なんでもないです。いいから早く教えてください」

「はあ。まったくもう、せっかちさんッスねぇ」

「…………」

「キミの今日の予定は、エルグじーちゃんに戦闘の稽古をつけてもらって、その後はひたすらお勉強ッス。以上!」

「一日中エルグさんが付きっきりってことですか?」

「んー、まあそうなるんスかね。あ、そうそう。今後しばらくはこんな感じの予定が続くと思っといてほしいッス。旅に出る前に、キミには教えるべきことがたくさんあるらしいッスからね」

「わかりました」

「うんうん。いい返事ッスね。じゃあ早速行くッスよ。まずは朝食! 腹が減っては戦はできぬ!! ジャンジャン食べるッスよー! おー!」

「お、おー……」


 朝食なんて食べなくてもいいんじゃないかと思うくらい、無駄に元気なネルの後に従って城へと足を運ぶのだった。


 ◆


 ネルに案内されて訪れた食堂は、簡素なものだった。機能性を重視しているのか、邪魔にならない程度の装飾を施された室内には白い大きなテーブルと椅子があるだけだ。


「なんていうか、シンプルな造りですね」

「もしかしてエメラダ王国の部屋と比べてるんスか? ジブンはお邪魔したことないッスけど、まあ、ここが他所に比べてかなり質素なのは確かッスね」


 ネルにしては珍しく、少し困ったような表情を浮かべている。


「元々ルノくんが派手なのが好きじゃないってのもあるんスけど、王城(ここ)に回す金があるなら民の生活に充てろって。ジブンとしてはオウサマの威厳を示すためにももうちょっとくらい贅沢した方がいいと思うんスけどねぇ」

「ルノは、いい王様なんですね」

「ふふ。どうッスかね。さて、いつまでも話しててもしょうがないッス。さっさと朝ごはん食べるッスよ。おねがいしまーす!」


 その声に合わせるように、食堂の奥、ミスト達が入ってきたものとは別の扉が開き、数人の侍女が現れた。彼女らはいくつかの皿と匙などの食器が乗ったワゴンを押している。


「さあさ、席につくッス。こっちッスよ」


 ネルに言われるがまま、隣に腰を下ろす。そのタイミングを見計らったかのように完璧なタイミングで給仕がなされる。

 運ばれてきたのは色とりどりの野菜がゴロゴロ入ったスープと、真っ白なぶよぶよした粥状のもの、そして卵で作ったのだろうか黄金色の物体が乗った皿だった。


 スープ以外は初めて見る料理で、正直食欲をそそられる見た目ではない。

 それに………。


「あれぇ? 食べないんスか? じゃあジブンがもらっちゃうッスよ」

「まっ……」


 少し考え込んでいる間にネルが止める間も無く皿から黄色の物体を奪い、口に運んでしまう。


「うん。美味しいッス! やっぱり朝は卵焼きッスね」

「…………」


 『厨房か給仕の人間が毒を仕込んでいるかもしれない』というのは考えすぎだっただろうか。期せずしてネルに毒味をさせることになってしまった。


「ほらほら、キミも冷めないうちに早く食べるッスよ」

「あ、はい」


 ぶよぶよとした白い物体に匙を入れ、一(すく)い口に運ぶ。

 もちもちとした変わった歯応えと仄かな甘さ、優しい塩気が口内に広がる。初めて食べる料理だが、まるで昔から慣れ親しんでいたものを口にしたかのような安心感を覚える不思議な味わいだった。


「…………おいしい」

「お気に召しましたか?」

「っ!」


 思わずぽつりと漏れてしまった呟きに反応したのはいつの間にか背後に立っていた老執事─エルグだった。反応があるなど思っていなかったため、驚きから思わず持っていた匙を取り落としてしまう。


「申し訳ございません。あまりに美味しそうに召し上がっていらっしゃいましたのでついお声かけしてしまいました」

「あ、いえ、大丈夫です。少し驚いただけなので」


 言いつつ、背後に現れたエルグをじっと注視する。


「……何かございましたか?」

「えっと、本当に、エルグさんですか……?」

「『本当に』とはどういう…………ネル──」

「──じゃあジブンはそろそろオシゴトに行くッス!ごちそうさま~」


 エルグの鋭い視線が突き刺さる前の刹那、早口にそう言ってさっさと逃げていってしまった。ネルの分の料理は綺麗に平らげられていた。


「……まったく。彼女は変わりませんね」

「昔からあんな感じなんですか?」

「ええ。少なくとも、私の知る限りではそうですね」

「『知る限り』って?」

「それについては追々知っていけば良いでしょう。今は朝食を食べてください。ネルから聞いているかと思いますが、やるべきことはたくさんあるのですから」


 その後はエルグに各品の簡単な説明を受けながら朝食を堪能した。先程の白い物体は麦粥というもので、この国の主食らしい。安価で、腹持ちがするそうだ。


 ◆


「さて、食べてすぐです申し訳ないですが、早速戦闘訓練を始めましょうか」


 ミストが連れてこられたのは城の中庭、長方形に近い城の中心をロの字にくり貫いたような場所だ。


「ミスト様は長剣を扱えるのでしたね?」

「はい。エメラダ王国にいた頃は欠かさずに鍛練していました」

「よろしい。短期間で他の武器の扱いを覚えるのは難しいでしょうから、長剣の扱いをさらに磨くことを意識しましょう」

「はい」


 エルグから木剣が渡される。柄が手の形に磨り減るほどに使い込まれているそれは、エメラダ王国にいた頃よく使っていたものと重さも長さも似通っておりしっくり来るのを感じた。アルフが10年以上使い込んだ物でもこうまではなっていなかった。この木剣はいったい誰のものなのだろうか。


 10歩ほど距離をとったエルグが口を開く。


「まずは、今の貴方の実力を知りたいので好きなようにかかってきてください。私の方からは攻撃致しませんので」


 エルグは木剣を構えることもなく、自然体でただ立っている。そこからは慢心というよりも、圧倒的強者だからこその余裕が感じられる。

 こうして対峙する前からわかりきっていたことだが、この人は強い。剣を向けてみて改めてそう感じる。そんな人物に稽古をつけてもらえるとは、自分は幸運なのかもしれないなどと心の中で小さく喜んでみる。



 息を1つ、大きく吸い、吐く。



「行きます!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ