挿入話 密談
ミストとエルグがいなくなった部屋で、2人は向かい合う。
「それで、ミストを茶化すのを止めてまで話したいことってなんスか?」
「とぼけんなよ。まだいろいろ話途中だったろうが」
「えー、とぼけてたつもりなんてないッスよ~?」
「はぁ。ホントに変わんねぇな、お前は。昔も今も」
「誉め言葉として受け取っておくッスよ。じゃあ、帝国の内偵の結果報告……はエルグじーちゃんが戻ってきてからの方がいいッスね。となると─」
「『サイミアを焼いた犯人の情報』がどこまで広まってるかだな」
「うんうん。お姉ちゃん的に、それすごく気になるッス」
「アスト王国は取り敢えず城内のやつらだけだな。アイツらも城外では箝口令を守ってくれてるみたいだし、サイミアからの移民には知られてねぇみたいだ」
「え?! 移民なんて受け入れたんスか?」
「仕方ねぇだろ。帝国に難民を任せたらどんな扱いを受けるかわかったもんじゃねぇし、光国に任せるにしても遠すぎるだろ」
「うーん。それはそうッスけど、大丈夫なんスか?その、いろいろと」
「食料はこの一年を凌ぎきればなんとかなるだろ。アルストロメリアの支援も約束してもらえたしな。問題は……」
「ジブンはそっちの方が心配ッスよ。将来確実に厄介なことになるッスよ?」
「わかっちゃいるんだがな……」
「ジブンらと重ね合わせちゃったッスか?」
「……はぁ。まあ、そんなとこだ」
「優しいッスね。流石は自慢の弟ッス」
「茶化すな。その優しさとやらで自分の国の首を絞めるんだ。王としては落第だよ」
「あはは。でもそんなルノくんだからジブン達はついて行くんスよ」
「……話の続きだ」
「およ。本気で照れてるッスね。いやぁ、珍しいモノが見れてお姉ちゃん嬉しいッス!」
「……続けていいか?」
「どーぞどーぞ」
「……はぁ。城内の連中以外に知ってるのは連合の上層部だけだ。が、正直信用ならねぇ奴等がいる」
「帝国と共和国ッスか?」
「あぁ。ダルジは自分の利益の為なら何でもする奴だし、共和国の化け狸に至っては何を考えているのかわからん」
「あー。確かにポポンさんは何考えてるかわかんないッスねぇ」
「議場での印象通り、おとなしい奴だと助かるんだがな。……っと、帰ってきたみたいだな」
ルノの言葉に合わせるように部屋の扉が叩かれる。室内に小気味の良い音が鳴り響く。
「入れ」
「失礼いたします」
現れたのはやはりエルグだった。
部屋に入ってきたエルグは、ルノの指示に従い先程と同じ席につく。
「どうだった?」
「『問題ない』とのことです。自らの立場を再認識したご様子でした」
「そいつは重畳。わざとボロい掘っ建て小屋を造らせた甲斐があった」
「ルノくんそんな嫌がらせしてたんスか?」
「まあな。少しでも城内の連中の不満を解消するためにゃそうでもしねぇと─」
「あはは。まあそういうことにしておくッスよ」
「ルノ様は本当にお優しいですからな」
「……チッ。おらネル! エルグが来たし、報告しろ」
「りょおかいッスよ~」
ネルはニヤニヤと愉しげに歪められた表情をスッと真面目なものに戻した。
「帝国はほぼ間違いなく『クロ』ッスね。少なからずアルカナから違法魔道具の類いを仕入れてるッス。代価は──」
「奴隷、ですか」
「それと情報ッスね」
「はぁ。予想してたことではあるんだが、面倒だな」
「連合の情報が引き抜かれているとなると、ミスト様のことも情報が広まるのは時間の問題ですね」
「サイミアの生き残りに伝播するのが考えうる限り最悪の展開だな」
「あはは……。『最悪』にしてはずいぶん低いハードルッスね」
「まったくだ」
「それで、これからどーするんスか?」
「予定通り、あいつを帝国に送り込む」
「……本気なの?」
それまで飄々としていたネルが、剣呑な雰囲気を纏うのがわかった。仲間達の中でも特に家族思いな彼女には、ルノの言う『予定通り』が気に食わないのだろう。
両者はしばらく見つめ合う。互いの意思が本物であることを確かめるように。
やがて、観念したかのようにルノがふっと力を抜いた。
「冗談だよ。少なくとも今じゃねぇ」
「どういうことッスか?」
「アイツを送り出すって言うと面倒な奴等がいるし、何より俺自身そんなこたぁしたくねぇ」
「ふーん」
その言葉に一応は納得したのか、ネルから剣呑な雰囲気が霧散する。
「それだけですか?」
口を挟んだのはエルグだ。鋭い視線をルノに向けている。
「……はぁ。これはあんまり言いたくなかったんだがな。『なんとなく』嫌な予感がするんだよ」
「勘、ですか……」
「ルノくんにしては珍しい理由ッスね」
「だから言いたくないっつったろ」
「いえ、動物的な勘は時として侮れません。特に、このような重大な決断なら尚更です」
「さよで」
気恥ずかしかったのか、ルノはそっぽを向いている。
「ふぅぅ……。じゃあ、お姉ちゃんはお風呂に入って寝るッス。あ、ルノくん。一緒に入るッスか?」
「入らねぇよ。とっとと行け」
「ちぇっ。つれないッスね~」
「では、私も『仕事』に戻らせていただきます」
どこまで本気かわからない冗談を口にしながらネルはエルグと共に退室していった。
部屋に独り残ったルノは、今日、いや、人生で何度目とも知れぬ深いため息をこぼす。
「はあぁ。面倒だ」
そして、部屋に備え付けられた棚に向かい、その一角にぎっしりと敷き詰められた小瓶を手に取る。
毒々しい緑色をしたそれは、数種類の薬草等を煮詰めて作った特製の秘薬だ。調合はイー婆に教えてもらった。
ツンと鼻を刺激する臭いを放つそれを一息に呷る。およそこの世のものとは思えない程の苦味が口内を蹂躙する。すでに日課になっているとはいえ、この味だけはどうにかならないものかと、飲む度に思ってしまう。
そして、口内の苦味が引いた頃、未だ顔を苦々しげに歪めたまま、独りごちる。
「あぁ、本当に、面倒だ」




